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83:台湾・阿里山鐵道シェイ25号機「黄金諾奇号」

2007/02/12 (Mon) 16:32
 再び台湾へ行くことになりました。今回の目的は2月10日に開催された「台湾鐵道網」主催の阿里山鐵道のシェイ式SL25号の復活運転「黄金諾奇(Golden hinoki)號」で、動くシェイが見られる滅多にない機会なので、急遽航空券を手配しました。

 前日の9日、台北から阿里山鐵道の始発駅嘉義まで、台湾鐵路の優等列車「自強號」で向かいました。10日の集合時間(9時半)なら、高鐵の始発でも十分間に合うのですが、あえて前泊にしました。というのは私たちが乗った「自強1038次」にはEMU100系が運用されるからで、台北~嘉義間3時間、吊り掛けモーター音を堪能させてもらいました。画像は嘉義到着後、翌朝まで停泊されるEMU100系です。この姿が見られるのもいつまででしょうか…。
嘉義駅にて(2007.2.9)

 翌朝、嘉義駅で受付を済ませて、早速ホームで入線してくる25号機を待ち構えました。9時40分頃、甲高い汽笛とともに25号機が姿を現すと歓声とともにシャッター音がひっきりなしに続きます。
嘉義駅にて(2007.2.10)

 これが25号機に取り付けられたヘッドマークです。「諾奇」とは日本語の「ひのき」に近い中国語発音の漢字をあてたもので、台湾でも檜は檜と書きます。台湾は檜の産地として有名で、阿里山鐵道も木材の搬出用に敷設され、日本統治時代にここから伐り出された檜は橿原神宮や靖國神社の神門、東大寺大仏殿の垂木などにも使用されています。もっとも、戦後は乱伐がたたって生産量が減り、現在は阿里山一帯での伐採は禁止されているので、阿里山鐵道も観光客を運ぶだけになってしまいました。
ヘッドマーク

 今回、25号機に連結されたのは総檜造りの客車で、一昨年に観光客向けにシェイ専用として製造されました。私は初めて乗りましたが、車内に入ると檜の香りが充満していて、窓を開けても匂いが取れないのには驚きました。
ヒノキ客車の車内

竹崎にて(2007.2.10)

 10時に嘉義駅を出発した「黄金諾奇號」は、阿里山方からDL-42+檜客車4両+25号機という編成で、往路は向きの関係上25号機は引っ張られるだけです。まずは機関区のある北門駅に停車し、公園として一部が開放されている車庫内で小休止です。
 北門機関区にはシェイの僚機23号機を初め、客車やディーゼルカー、機関車などがいくつか保存されており、鉄道マニアから親子連れまで結構楽しめます。
北門機関区にて(2007.2.10)

 今回の参加者は鉄道ファンと親子連れが半々といったところで、記念撮影をする人が多いので、私たちファンからはなかなか思うような写真が撮れずに苦労しましたが、台湾でも非常に珍しい存在のシェイの人気は相当なものでした。
北門にて

 北門を出て、次の竹崎を過ぎると、いよいよ山間部にさしかかります。のんびりと勾配を右に左に登っていくと、駅でもないところで再び停車しました。これから撮影タイムとのことでしたが、案の定ここでも家族連れの記念撮影でシェイ周辺は占拠され、このような写真を1枚撮るのがやっとでした…。
竹崎~木履寮間にて(2007.2.10)

 何分にも車齢90年を超えるシェイが、かつてのように勾配を登るには無理があり、今回も竹崎の次の木履寮駅で折り返しです。車窓風景はこれから面白くなるだけに、ここで帰るのは残念ですが、年が年だけに仕方ありません。折り返し時間中に、著名な鉄道作家蘇昭旭さんによるシェイや阿里山鐵道についての解説がありましたが、私に内容が判るはずもなく、「まじめに中国語を勉強しておけばよかった」と後悔しきりです。
木履寮駅にて(2007.2.10)

 復路はいよいよ25号機が先頭に経ちます。下り坂で負担が少ないため、補機のDL-42を切り離して単独で客車を牽引します。阿里山鐵道ではシェイの動態保存機が3台います(25・26・31号機)が、惜しいことに全て重油炊きに改造されており、走行音や漂ってくる煙の匂いはディーゼル機関車のそれです。機関助手のなり手がなく、運転士一人で運転できるようにするためのやむを得ない措置だそうですが、それでも要所要所で汽笛を鳴らし、白い煙(石炭を焚かないので黒くならない)をくゆらせて走る姿は貫禄がありました。
木履寮~鹿麻産間にて(2007.2.10)

 竹崎で再び小休止です。ここで、これから阿里山へ向かう特快「阿里山號」と離合します。阿里山鐵道も、臨時列車がないときはこの「阿里山號」が1日に上下1本ずつ運転されるだけなので、個人旅行で乗車するときは乗車券購入が大変です。
竹崎駅にて(2007.2.10)

 竹崎駅で会った知人の許さんが自動車に乗せてくれることになり、主催者の方に断りを入れ、竹崎~嘉義間は走行シーンを撮影することにしました。今回は参加者が70人とかなり限られていたので撮影に回る人が多く、しかも速度が非常に遅い(20km/h出るかどうか)ので、撮影してはバイクや車で追い越してまた撮ることが簡単にできるため、沿線では同じ人を何度も見ることになりました。 
竹崎~鹿麻産間にて(2007.2.10)

 嘉義在住の許さんのおかげでこのような俯瞰撮影もできました。先ほど木履寮で補機のDL-42を切り離したと書きましたが、その後はずっとシェイの200~300m程度後ろを付いて走っており、こうやって見ると滑稽でした。シェイを強調して撮りたいときに限って、このDLがかなり接近してくるので困りました。
鹿麻産~北門間にて(2007.2.10)

鹿麻産~北門間にて(2007.2.10)

鹿麻産~北門間にて(2007.2.10)

 現在はイベントや観光シーズンくらいでしか動くことのないシェイですが、世界的に有名な存在なので、健康状態(?)も考慮しつつ、定期的にその姿を見ることができれば嬉しいのですが…。

【撮影協力】HAYASHIさん、TT元さん、ktkrさん、許乃懿さん
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