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60:一畑電車デハ60形さよなら運転

2006/10/22 (Sun) 23:29
 一畑電車では10月22日に「鉄道の日」イベントとして「60形さよなら運転」が行われました。
 60形(元西武551系)は長らく予備車の状態が続き、私が初めて一畑を訪れた'97年の時点で川跡駅の側線に留置されており、以後数回にわたる訪問の際もそこから動いた形跡はありませんでした。この間、イベントで2回ほど動いたことがあるらしいのですが、結局私は今回のイベントが動く60形を見る最初で最後の機会となってしまいました。
 今回は、イベントと言うには内容が一風変わっており、運転区間は川跡~雲州平田間片道(所要10分)のみ、雲州平田到着後に撮影会と部品即売会をやって終わりというもので、要は廃車回送と解体作業のついでにイベントもやってしまえということではないのかと思うのですが、「最後」という文字に弱い私は何はともあれ駆けつけたわけです。
 最初に川跡駅に行くと、9年前と全く変わらぬ位置にパンタを降ろして留置されている60形の姿がありました。塗装が一部剥がれて錆の浮いた車体は、2年前に来たときより更にボロボロになっています。
 これから動きそうな気配も全くなく、このまま運転が中止になったら何のために島根県まで来たのやら…などと思うところです。そのとき、ちょうど一畑の主であるデハニ53が団体貸切電車で通過し、これを撮れたので60形が走らなくてもまぁいいかと思えるようになりました。
川跡駅にて(2006.10.22)

 撮影場所に移動して待つこと1時間、踏切が鳴って本当に60形が走ってきました。長らく留置しっ放しでも試運転など一切せずにいきなり動かしたらしく、左右に車体が揺れるたびにパンタグラフから火花が飛び散っていました。こんな状態で速度が上げられるはずもなく、直線区間でもほとんど徐行で来たので、何度もシャッターを切れました。
 特に装飾もなく、「さよなら運転」の割には地味なことこの上ないですが、行先表示を「平田市」にしていたのは粋な計らいだと思います。平田市駅は市町村合併のため、昨年3月に開業時の「雲州平田」に戻されましたが、その間営業に就いていない60形の方向幕に「雲州平田」が入っていたら、それはそれでサプライズになるところです。
大寺~美談間にて(2006.10.22)

 雲州平田駅では3番線に停車したままで撮影会が始まりました。地味な内容の割には人出が多く、西武鉄道ファンの方が持参した西武時代の種別板を掛けたりと、結構盛況でした。
雲州平田にて(2006.10.22)

 車庫には各形式が並べられていました。デハニ53が僅かに顔を覗かせて苦しい配置になっていますが、60形を3番線に停車させたままで撮影に適した並べ方をするには、これが限度だったと思います。
雲州平田にて(2006.10.22)

 1時間の撮影会の後、デハ62の車内で部品即売会が始まりました。予め配布されたリストを元に、オークション形式で各部品が即売され、落札されたら即取り外しを始めるというもので、私たちの目の前で魚屋のマグロならぬ電車の解体ショーが始まりました。
取り外される方向幕

 作業中は電車の様々な機器が間近に見られて、これはこれでいい機会になりました。ドアエンジンをまともに見るなんて久しぶりですが、これはドアエンジンを外しているのではなく、社紋のプレートを内側から外しているところです。この後、車庫内を移動させないといけないので、さすがに走行に関わる部分は販売されませんでした。
社紋取り外し中

【追記】「さよなら運転」が乗車不可だったのは、車体つまり車内が荒れていたからではなく(現に雲州平田では車内で部品即売会を行っている)、単に検査期限が切れていたからだそうです。本線上を走れたのは、「廃車回送」ということで特別認可を受けたからと思われます。
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