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467:さようなら長野電鉄屋代線

2012/04/01 (Sun) 23:32
 そしていよいよ迎えた3月31日、屋代線の最終日はひどい雨模様でしたが、朝からどの電車も混雑していました。
須坂(2012.3.31)

 屋代線で運用される編成(3500系O2・O6と3600系L2)には、正面に横断幕が取り付けられています。L2については、屋代線に入る前に須坂~長野間を1往復運転され、それはそれで撮影してみたい気もしましたが、屋代線の運転本数を考えると、諦めざるを得ませんでした。
須坂(2012.3.31)

 O6編成の須坂側は、歴代車両をデザインした幕でした。
金井山~大室間(2012.3.31)

 さすがに普段の運転本数では押し寄せるお名残乗車客をさばききれないため、10~15時の間に各駅停車3往復、須坂~松代間で急行1往復が増発されました。
 須坂発松代行き臨時急行(途中駅ノンストップ)には「ゆけむり」1002Fが使用されました。「ゆけむり」は撮影会等で屋代線を走ったことがありますが、この際は回送扱いだったため、営業運転はこれが最初、そして最後になります。
大室~金井山間(2012.3.31)

 3500系O2編成は前後とも、今はなき1500形をデザインした幕でした。1500形が廃車されたのは1993(平成5)年のことで、もう20年近くが経とうとしていますが、屋代線関連のグッズやポスター等には1500形が登場しているものも多く、未だに印象が強いのかなぁと思いました。
大室~信濃川田間(2012.3.31)

 この日の定期列車のスジには3600系L2編成が使用されていました。これも幕は前後はデザインが異なり、屋代側は小さいですが2000系D編成が描かれています。反対側は、このデザインから2000系を取ったものでした。
大室~金井山間(2012.3.31)

 臨時急行「ゆけむり」は日中、松代駅で休憩所として留置されていました。この頃が最も雨がひどく、そんな中でも駅横に設けられた記念乗車券やグッズの特設売り場には長蛇の列ができていました。私も並んでいましたが、はっきり言って長電の段取りがいいとは言えず、1時間並んでも行列がほとんど進まない有様で、横なぐりの雨に靴どころかズボンまでがずぶ濡れになる有様。並ぶのを断念しました。結局、友人グレープさんの車で権堂駅に行くと、ほしかった記念乗車券は行列もなくあっさり買えてしまいました。雨に濡れてまで並んでいたのは何だったのだろうと思います。ついでに昼食を食べてから松代駅に戻ると、行列はかなり収まっていましたが、4時間並んだという人や、長電の係員に苦情を言う人が見受けられました。今回は苦情を言いたくなる気持ちもよく解ります。
松代(2012.3.31)

 O6編成の屋代側は、オーソドックスなデザインでした。
信濃川田~大室間(2012.3.31)

 雨や松代駅での行列で、撮影回数が限られてしまいましたが、この写真をもって、屋代線とはお別れとなりました。
綿内~若穂間(2012.3.31)

 沿線各駅の中でも、駅舎が残る綿内、信濃川田では地元が独自に「ファイナルイベント」を行っていましたが、雨がひどかったせいか途中で打ち切ってしまったようで、私達が行った頃には店じまいの最中でした。
綿内(2012.3.30)

 腹立たしいことに、夕方になって雨もやみ、晴れだしてきました。とはいえ帰りの「しなの」の時刻もあるので、引き揚げないといけません。須坂では、屋代線終電後に須坂~屋代間で1往復運転される「屋代線ファイナルツアー」に使用される2000系D編成がスタンバイしていました。ヘッドマークは25日と同じ「感謝」でした。
須坂(2012.3.31)

 鉄道が廃止になるのは哀しいことですが、実際のところ、現在の屋代線は人の流れに合っておらず、このまま存続させても決して状況は好転しなかったと思います。信濃川田や綿内周辺から車で千曲川を越えると、長野市内まで20分程度で行けてしまいます。松代からも長野駅直通のバスが30分間隔で運転されているのを見ると、わざわざ須坂経由で時間のかかる電車に乗る人がどれだけいたのか疑問です。
 とはいえ、90年にわたり使命を果たしてきたのは間違いなく、「お疲れ様でした」の一言に尽きます。
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