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421:JABOTABEK探検記①タンジュン・プリオク駅のイベント

2011/12/06 (Tue) 16:51
 少し前のことになりますが、11月19~22日に再びインドネシアの首都ジャカルタを訪問してきました。そのときのことをしばらく書いていきますが、例によって現地の駅名が出てきますので、土地勘のない方はネットなどで路線図を探してご参照下さい。
 
 現地でいつもお世話になっているA君が「20日にタンジュンプリオク(Tanjung Priok)駅で鉄道のイベントがあり、特別列車が運行される」というので、私も行ってみることにしました。
 特別列車が出発するガンビル(Gambir)駅では、既に参加者が集まっており、中にはオランダ統治時代の服装を着ている人もいて賑やかでした。
Gambir(2011.11.20)

 特別列車は元東京メトロ東西線05系008Fが使用されました。特に装飾がされているわけでもなく拍子抜けですが、普段はタンジュンプリオクまで行く列車に充当されない形式なので、貴重な機会ではあります。
Gambir(2011.11.20)

 特別列車といえども乗り込むときの勢いの凄さは、いかにもインドネシアという感じがします。
Gambir(2011.11.20)

 この特別列車は現地のクラブ"KRL-mania"の会員のみが乗れるものだったのですが、A君が知り合いのメンバーに交渉してくれて、私たちも3号車に乗せてもらえることになりました。
 号車札にある"GERBONG"とは、最初はこの列車の愛称かと思いましたが、聞いてみれば単に「車両、客車、貨車」というそのままの意味でした。
Gambir(2011.11.20)

 テレビ局も取材に来ていました。
(2011.11.20)

 ガンビル駅09時10分(予定よりも10分遅れ)に発車した特別列車は、ゴンダンディア(Gondangdia)やマンガライ(Manggarai)といった主要駅をあっさり通過し、ジャティネガラ(Jatinegara)で10分間停車、スイッチバックして東線に入ります。
 ラジャワリ(Rajawali)からは普段、1日3往復ずつの電車(ブカシ〔Bekasi〕発)と客車列車しか走らないタンジュンプリオク線に入ります。以前のタンジュンプリオク線は最悪な状態の線路を30km/hくらいに減速しても左右に大きく揺れるような区間でしたが、今では整備が進み、以前ほどの乗り心地の悪さはなくなりました。
 10時05分に、特別列車は壮麗さを誇るタンジュンプリオク駅に到着、この駅は低床ホームですが、乗客はお構いなしにどんどん飛び降りていきます。
Tanjung Priok(2011.11.20)

 タンジュンプリオクは航路が主体だった頃はジャカルタの玄関口でしたが、今ではすっかり寂れてしまっており(貨物港としては今でも栄えています)、オランダが威信を掛けて建設した駅だけが往時の面影をとどめるのみとなりました。ここに05系が入るのは、ジャカルタに到着したとき以来ではないかと思っていたのですが、A君によると以前、電車の中でファッションショーをするというイベントがあり、その際に入線したことがあるそうです。
Tanjung Priok(2011.11.20)

駅構内では、"Pustaka"(インドネシア語で「書物」「図書館」の意)という初めて見る客車が展示されていました。
Tanjung Priok(2011.11.20)

 車体にはジャカルタコタ(Jakarta Kota)やジャティネガラといった古い駅舎が描かれ、しかも非常に美しく整備されています。インドネシアはこのように綺麗な車両と、エコノミのような壮絶に汚い車両の差が激しすぎ、同じ事業者が所有しているとは信じられないことが多いです。
Tanjung Priok(2011.11.20)

 車内に入ってみると、本棚のようなものはありました(床にあるのは恐らく振動で本が落ちるのを避けるためと思われます)が、本は一切なく、インドネシア鉄道の歴史について簡単な展示がされていました。
Tanjung Priok(2011.11.20)

 駅舎内では広いコンコースを利用してステージが設けられ、コンサートや民族舞踊が行われていました。
Tanjung Priok(2011.11.20)

 また、別の一角には物販ブースもあり、賑わっていましたが、鉄道グッズを売っているかもと思って近付いてみると、ほとんどが工芸品や食べ物と、鉄道に関係ないものばかりでした。
 その中で唯一鉄道絡みだったのが、インドネシアの鉄道ファンクラブの一つ"Edan Sepur"(「列車狂」といった意味か)のブースで、写真や切符などを展示しているだけでしたが、ここに最も人だかりができており、ジャカルタの主だった友人たちともここで会えました。
Tanjung Priok(2011.11.20)

 物販ブースの一つ、インドネシアのオムレツです。フライパンに米の粉をひき、その上から卵を落とすのですが、名前を忘れてしまいました。
Tanjung Priok(2011.11.20)

 イベントの間も少ないとはいえ定期列車の発着があります。
 普段、列車が発着するホームは05系と"Pustaka"に占領されているので、電車は一番端のドーム外ホームに発着していました。ブカシ(Bekasi)発着は相変わらず、元都営6000系の大改造車6151Fでした。
Tanjung Priok(2011.11.20)

 ボゴール(Bogor)からの電車(かつてのアンチョール(Ancol)行き行楽列車"Ancol ekspres"をタンジュンプリオクまで延長したもの)は元東急8500系でした。どちらも10分もしないうちに折り返して発車していきますが、外から見ていると揺れが相当激しいのが目立ちます。ほとんど乗客が乗っていないので影響は少ないと思いますが。
Tanjung Priok(2011.11.20)

 改札口で乗客のチェックをしていた?人形。
Tanjung Priok(2011.11.20)

 05系の特別列車は最初、14時まで停車していると聞き、イベントがこの内容では時間を持て余すものの、かといって電車以外の交通手段が外国人には難易度の高いミクロレット(小型乗合バス)やバイクタクシーくらいしかないタンジュンプリオクでは、A君がいるとはいえ、きついなぁと思っていると、11時45分に発車すると案内されました。
 これ幸いと電車に戻ろうとすると、太鼓での見送り付きでした。
Tanjung Priok(2011.11.20)

 帰りの車内は、インドネシア人鉄道ファンのみんなとの雑談の時間になりました。驚いたのは私の他にも日本人がいたことで、その中でジャカルタ在住のK君と話していると、これも意外なことに出身が比較的近所ということも分かり、ジャカルタはそっちのけで関西圏の電車の話で盛り上がってしまいました。恐らく、周囲の人々には私たちが話しているのが日本語らしいということ以外は何にも分からなかったことでしょう。
Tanjung Priok(2011.11.20)

 ガンビル駅に12時29分に到着した特別列車は、そのままマンガライ駅まで戻って入庫するとのことで、私たちもマンガライまで乗せてもらいました。
Manggarai(2011.11.20)

 「折角だからバライヤサ(Balai Yasa)を見に行こう」と、駅裏に回ります。バライヤサ・マンガライとは駅の後方に広がるマンガライ鉄道工場のことで、日本からの譲渡車両はジャカルタ到着後、一旦ここの入場して整備されます。工場はガードが非常に固く、普段はめったに見学の許可が下りないのですが、車両出入口の門の隙間から構内をのぞくことができるので、なぜか定番の鉄道ファンスポットになっています。
 やはり来てみるもので、入場中の元JR103系高運車やジャカルタに到着したばかりの元東京メトロ6012F、試運転を行っているインドネシア国産(機器類はドイツ製)の新車KFW I-9000形などがいました。
Manggarai(2011.11.20)

 その後もホームでだべっていると、あの"Pustaka"もマンガライ客車区(駅と工場の間にある)に戻ってきました。
Manggarai(2011.11.20)

 この後、駅近くのマクドナルドで昼食をとり、皆と別れてお開きとなりました。  
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テーマ : インドネシア - ジャンル : 海外情報


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