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526:養老鉄道 開業5周年

2012/10/31 (Wed) 20:46
 養老鉄道が近鉄から営業を引き継いでから、10月1日に5周年を迎え、記念乗車券の発売などが行われています。その一方、10月中は各編成に記念標識板や近鉄時代の愛称板を掲出して運転していますが、これで従来から付いていた沿線自治体の板も併せて全編成に板が付くことになり、おもしろそうなので訪ねてきました。
IMG_7329_20121031194339.jpg

 板は掲出編成が固定されているため、西大垣駅に聞くと運用を教えてもらえます。教えてもらえるようになったのは、恐らく606Fがラビットカー色に復元されてから問い合わせが増えたためではないかと思いますが、おかげで効率よく撮影できました。本数がそれほど多くない路線で、6種類もの板を撮り集めるのは一度には無理で、二度に分けてようやく全て撮影できましたので、お目にかけます。

 近鉄時代の愛称板は3種類が掲出されましたが、私が近鉄時代に実際に見たことのあるのは「こどもの国号」だけで、他がいつどの区間で運転されていたのかは知らないものばかりでした。

「さくら号」(613F)
下深谷~播磨間(2012.10.19)

「こどもの国号」(611F)
下深谷~播磨間(2012.10.19)

「フルーツライン」(614F)
美濃高田~烏江間(2012.10.31)

 この他、事前告知にはありませんでしたが、ラビットカー色の606Fと、624Fにも10月16日から養老鉄道開業時に付いていた記念板が掲出されました。
播磨~桑名間(2012.10.31)

下深谷~播磨間(2012.10.19)

 この他、5周年記念板も制作され、602Fに取り付けられたのはいいのですが、どういうわけかこの編成は運用に入ることが少なく、朝のうちに大垣~揖斐間を数往復するだけの日が多くなっていました。今回ではメインの存在になるはずなのに非常に撮影が困難で、私も最終日に再訪する前、念のため西大垣駅に問い合わせると、やはりこの日も朝に揖斐方面を3往復するだけで、朝9時過ぎに西大垣車庫に入庫し、そのまま板は取り外されてしまいました。 
北神戸~広神戸間(2012.10.31)

 この記念板は前後で色が違い、ク502側の黄緑の板は揖斐方面では午後にならないと日が回らないのですが、こういう運用ではどうすることもできませんでした。
広神戸~北神戸間(2012.10.31)

 本家の近鉄が愛称板を小型円板に替えた中、近鉄から切り離された養老でかつての愛称板が復活するのは嬉しいことです。これからも何かしてくれるのではと、妙に期待してしまいます。

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524:近鉄「復刻ラビットカー 乗る!撮る!学ぶ!ツアー」

2012/10/27 (Sat) 23:17
 10月27日、近鉄新田辺列車区有志の皆さんによる南大阪線ラビットカー6021Fの貸切乗車会があり、縁あって参加させていただきました。先回りしての撮影も可能とのことで、まずは回送から撮影。
今川(2012.10.27)

 続いて阿部野橋からの貸切列車を河堀口で狙いましたが、光線状態だけしか考えずに来たもので、対向の準急に被られてしまいました。25日の吉野線開業100周年記念列車が無事に撮れたので安心してしまい、迂闊でした。この画像は被られる直前に遠目に撮影したのをトリミングしたものです。
大阪阿部野橋~河堀口間(2012.10.27)

 標識板はこのようなデザインで、9月8日や10月25日と同じデザインですが下半分の色が青から赤になっていました。
(2012.10.27)

 貸切は一旦吉野口まで行ってから、橿原神宮前に戻ってきます。気を取り直して後を追い、橿原神宮前行きは無事に撮影できました。後で気付いたのですが、板が角板から円板に替わっていました。
市尾~壺阪山間(2012.10.27)

橿原神宮前では最近イベント列車でよく使われる5番線に停車し、撮影タイムとなったのですが、停車位置が悪くて架線柱の影が見事に正面にかかりました。「快速急行 藤井寺」など、いつ使うのかよく判らない行先を出していましたが、橿原神宮前に来たという証拠写真を撮ってから、再び撮影のために先回りします。
橿原神宮前(2012.10.27)

続いて向かったのは吉野神宮、ここで特急・急行と離合します。特急は16000系との並びを期待しましたが、やって来たのは真逆の最新鋭26400系でした。
吉野神宮(2012.10.27)

ラビットカーは撮影用に吉野~下市口間を2往復しました。後追いになる下市口行きは定番撮影地の吉野川鉄橋で撮影しました。私は吉野線関連のイベントは、電気機関車(デ51・61・62)のさようなら運転と、6400系試乗会以来なのですが、今から30年近く前と今もやることは変わらず、徐行で来たと思ったら案の定、鉄橋の上で一時停車しました。
吉野神宮~大和上市間(2012.10.27)

下市口からの吉野行きは、これも定番の吉野神宮入線で撮影しました。それはいいのですが、午前中はあれだけ晴れていた空がこの頃になると曇り始め、晴れてさえいれば最高の光線状態になるはずがこのように沈んだ感じになってしまいました。
吉野神宮(2012.10.27)

次の急行で吉野へ行き、ラビットカーに乗り込みます。吉野駅には、本物のラビットカーだったモ6850形6851のラビットが引退記念でラビット色な復元されたときの写真が飾られていました。
吉野(2012.10.27)

吉野からは全員が乗車し、六田駅で下車しました。ラビットカーは六田車庫に据え付けられ、撮影会となりました。六田車庫といっても実態は電留線で、他に車両がいないため撮影会にはうってつけです。車庫で撮影会と聞いて、あわよくば河内天美か古市に入れるかと期待していたのですが、そこまで甘くはありませんでした。
六田(2012.10.27)

 撮影会も終了し、再び六田からラビットカーに乗車して阿部野橋到着後、解散となりました。
 それにしても撮影会では曇っていたのに、終了後に再び晴れ出すなど、またしても秋空に悩まされる一日でした。
六田(2012.10.27)

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523:全国登山鉄道‰会 結成3周年

2012/10/25 (Thu) 23:36
 南海電鉄(高野線)、叡山電鉄、神戸電鉄、大井川鐵道(井川線)、富士急行、箱根登山鉄道で結成している「全国登山鉄道‰(パーミル)会」が9月4日に3周年を迎え、10月まで共同イベントが行われています。

 その一つとして、9月1日から10月末まで、各社の車両にパーミル会ロゴマークのヘッドマークが掲出されています。いくら何でも6社全てを周ることはできず、関西圏の3社を見てきました。

・南海電鉄 
 高野線の「天空」に、9月1日~10月30日の間、掲出されています。
高野下~下古沢間(2012.9.22)

 さすがは大手私鉄で他社と違い、「天空」のロゴ入りになっています。 
(2012.9.22)

・叡山電鉄
 鞍馬線811-812に、9月1日~10月31日の間掲出されています。
一乗寺~修学院間(2012.9.10)

 ロゴマークは手書きの円形ですが、このヘッドマークもそれにあわせてやや凸凹な形に切り抜いてあります。
修学院(2012.9.10)

・神戸電鉄
 6000系6001Fに9月1日~10月31日の間、掲出されています。マークの掲出方法は異なりますが、デザインは叡電と同じものです。
岡場(2012.10.25)

 神鉄ではこの他にも、6003Fが粟生線活性化キャンペーンヘッドマーク、1100・2000・3000の各形式のトップナンバー編成にNHK大河ドラマ「平清盛」のPRマークが掲出されています。
岡場(2012.10.25)

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522:近鉄吉野線開業100周年記念列車

2012/10/25 (Thu) 23:02
 再び近鉄南大阪・吉野線ラビットカーの話題です。
 吉野線開業100周年記念日となる10月25日、記念列車が運転されました。
 これは、大阪阿部野橋11:20発の吉野行き急行に6020系ラビットカーを充当し、ヘッドマークを取り付けるもので、阿部野橋まで定期列車で来ると思っていたところ、河内天美からか古市からかは判りませんが回送されてきました。
針中野(2012.10.25)

 そして本列車がこれで、「復刻ラビットカー」の標識板と、100周年の円板を付けて来ました。標識板は9月8日のラビットカー初日のイベント列車にも付いていたもので、この日は行けなかった私はリベンジが果たせてホッとしています。
大阪阿部野橋~河堀口間(2012.10.25)

 この他、10月1日からは6626Fが吉野をPRするためのラッピング電車になっています。 
今川(2012.10.25)

 記念列車の数本後にやってきたので、運よく撮影できました。
今川(2012.10.25)

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521:近鉄6020系ラビットカー

2012/10/21 (Sun) 23:51
 京阪特急と前後して、近鉄でも6020系6051Fが9月8日から「ラビットカー」塗色になりました。
 吉野線開業100周年記念イベントの一環ですが、これも初日の記念列車には行けず、運用が公表されているわけではないので捕まえにくいという印象を持ってしまい、京阪を優先させていたのですが、ようやく撮影に行けると思うと、また曇られてしまいました…。ラビットカーの運用自体は、駅で教えてもらえます。
今川~針中野間(2012.10.12)

 ラビットカーというと、岡本太郎デザインのシンボルマークもしっかり描かれています。
(2012.10.12)

 天気予報をよく確認してリベンジに来ました。京阪もそうですが、オレンジ色は天気で見え方が違ってくるので、天気にはこだわってしまいます。
 さて、このラビットカー色は6800系から6000系一次車までに塗られていたもので、6020系には実績がありません。ラビットカーとしては、同じくラビットカー色に復元されている養老鉄道600系606Fが元モ6850形なので由緒正しいのですが、南大阪・吉野線で最古参ということから選ばれたのだと思います。 
針中野~矢田間(2012.10.21)

 運用は急行から普通まで何でもありですが、準急・普通の場合はラッシュ時に阿部野橋側に2連を増結することがあるので、撮影に行くなら日中のほうがよさそうです。
今川(2012.10.21)

 定期運用の他にも、「旬菜列車」「歌声列車」といったイベント列車にも引っ張り凧で、当分は車両にとって忙しい日々が続きます。
北田辺~今川間(2012.10.21)

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520:京阪大津線に特急色復活

2012/10/21 (Sun) 23:48
 旧3000系で盛り上がりを見せている京阪本線ですが、開業100周年を迎える大津線も負けてはいません。
 100周年記念の目玉イベントとして、603-604が特急色となり、9月26日から石坂線で運行を開始しています。
 600・700形を特急色にしたら…というのはよく空想や模型制作のネタにされるところでが、こうやって実物として出てきても、違和感を感じさせないのはさすがです。
浜大津~三井寺間(2012.10.15)

 大津線では、京津線の準急・急行に使用されていた260・300形が昭和50年代前半頃まで本線の特急と同じオレンジ(マンダリンオレンジ)と赤(カーマインレッド)に塗装されており、今回もそれにちなむものです。603-604は300形の車体を流用して製造された車両(実際には大幅に手を入れられているそうですが)なので、側面だけを見れば、300形の雰囲気が残っているといえなくもありません。
 ちなみに、300形の特急色がどんな感じだったかは、現在運行中の京津線801F「100周年記念フォトギャラリートレイン」の車内に展示されている写真で偲ぶことができます。
(2012.10.6)

 こちらも本線旧3000系と同じく、何度か撮影に出かけているのですが、雲の多い秋空では電車が来る直前に曇ることが度々あって、せっかくの撮影チャンスを無駄にさせられたことが何度もありました。今回は下回りも塗り直されたので、綺麗なうちにピーカンで何シーンか撮影しておきたいのですが…。
三井寺~浜大津間(2012.10.15)

 この他の話題としては、膳所駅前商店街のイベントのPRのため、「ときめき坂ハロウィン」ラッピングが703-704に施され、10月4~28日の間、運転されています。
浜大津~三井寺間(2012.10.15)

 特急色の威力はすごく、最近は浜大津の定点撮影スポットに行くと、かなりの確率で同業者を見ることが多くなりました。「ラッピング電車の濫発」などと書いてしまったこともありますが、集客効果は抜群のようです。

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518:京阪旧3000系「クラシック・タイプ」

2012/10/21 (Sun) 21:21
 最近、京阪電車の撮影に行く回数が多くなりました。その原因はこのブログでも度々採り上げた旧3000系で、驚いたことに先頭車正面を現在の姿に更新される前の状態に復元し、「クラシック・タイプ」として9月29日から運転開始しました。
千林~森小路間(2012.10.15)

 私は初日の竣工記念列車(中之島~出町柳間の臨時快速急行として運転)には行けず、その後撮影できるまで若干時間が空いたのですが、土日はかなりのファンが撮影に来ていると聞き、平日が休みになるときに出かけています。それでもめぼしい撮影地には数人が集まっており、改めて人気の高さが分かります。
門真市~西三荘間(2012.10.12)

 今回復元されたのは、正面の車番と「鳩の特急マーク」を原型に近い状態に戻すというものです。改修後、正面窓下には向かって左側に車番、右側に京阪のKマークが入れられていましたが、Kマークが現在は使われていないこともあって撤去され、改修前と同じく、右側に3000系当時の車番が掲出されました。ステッカーではなく、きちんと切り抜き文字で復元しているほどの凝りようで、出町柳側が8531→3505、淀屋橋側が8081→3006に戻されました。ただ、現在の車番も掲示しておく必要が当然あるわけで、正面の向かって左下に書いてあるのですが、この写真で分かるでしょうか。よくぞ国土交通省がこのような表示方法を認めたものだと、改めて驚きました。
 鳩マークも原型と同じタイプですが、前と違ってこちらは着脱可能になっており、特急以外の列車で使用されるときは取り外され、貫通扉の方向幕が使用されます。
(2012.10.12)

 車内に掲出されている広告も、デザインが一新されていました。
(2012.10.6)

 3000系は平成7年に改修工事を受け、顔も若干手を入れられていましたが、これで私が子供の頃に見ていた姿に戻ったわけで、運用が公表されていることもあって、今は暇さえあれば3000系の撮影に出かけています。ところが、秋になり午前中は晴れでも午後から曇る日が多く、なかなか思うような写真が撮影できないのが悩みです。
 下に曇りのときの写真もUPしますが、オレンジ色は天候によって色の見え方が全く変わるため、3000系はやはり快晴のもとで撮影するのがベストだと思います。
滝井~土居間(2012.10.6)

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514:再びマニラ列車道楽②PNR203系に乗る

2012/10/11 (Thu) 18:29
 ジャカルタから帰国途中の29日、再びマニラに立ち寄り、今度は元JR203系に乗車の機会がありました。

 これもTutuban駅にいたときに、203系が入線してきて運用に入ることが分かったものですが、このところは連日運用されているようです。編成は(←Alabang)クハ203-107+モハ203-11+モハ202-14+モハ203-10(Tutuban→)で、モハ203-10とクハ203-107の一部が区切られて、発電機スペースとなっています。 
Tutuban(2012.9.29)

 クハ203-10の車内を見ると、小さなくぐり戸がある壁が客室を唐突に区切っているような感じになっています。壁に沿って吊り革が設けられているのが、せめてものサービスといったところでしょうか。
Tutuban(2012.9.29)

 発電機スペースに入ってみると、そこに発電機はなく、水タンクが置いてあるだけでした。事前情報では電源車はこのモハ203-10とクハ203-107の2両が竣工し、5連と4連の2本がいることになっているのですが、これでは1本しか動けないことになり、結局、滞在中はこの編成しか動いていることを確認できませんでした。
 客室内にあった日本時代の路線図等は全て撤去されているのですが(この点はジャカルタのほうが鷹揚としています)、発電機スペースだけは旅客の目に触れないためか、路線図が残っていました。
Tutuban(2012.9.29)

 投石対策で窓に金網が取り付けられるのはインドネシアと同じですが、フィリピンではさらに徹底していて、金網が付けられない扉の窓は鉄板で塞がれました。車内の照明は日本と同じように点灯していたので、明るさでは問題ありません。
 扉の下部脇に吊り革がくくりつけてありますが、これは低床ホームから乗るときにつかまるためのものだそうです。一番上の画像をよく見て頂くと、発電機スペース以外の乗降扉の下に、簡単なステップが付いているのが分かります。とりあえず、こういう点での配慮はされています。
Tutuban(2012.9.29)

 クハ203-107の発電機スペースをホームから見たところです。先頭車は扉開閉スイッチ操作のため、編成には必ず連結されますが、その先頭車の連結面側が区切られ、発電機が置かれました。これでは隣の車両との行き来ができなくなりますが、そんなことは気にしないのがフィリピンです。運転台側に発電機を置かなかったのは荷重の関係で、運転席側に傾くのを防ぐためだそうです。放熱のため、窓の一部が通風孔に改造されています。 
Tutuban(2012.9.29)

 訪問した日があいにくの雨模様で、そうなるとTutuban駅構内は線路部分を除き、水浸しになります。車庫の中には線路まで水につかる場所があり、水鏡になって綺麗に…などと悠長なことも言っておられず、客車とはいえ一部の機器を使用している203系や、ましてやキハ52に至っては、これでいいのかと思ってしまいます。PNRにとっては、こういう点も頭の痛いところでしょう。 
Tutuban(2012.9.29)

 しばらくすると、機関区からDLが出てきました。入換と思っていると、そのまま203系に連結され、次の列車に運用されるそうです。このように、203系が動くかどうかは直前になるまで分からないことが多く、現地に行っても日中に必ず見れると断言できないのですが、最近は主力のはずの韓国製DCの調子が悪く、キハ52ともども代走に使用される機会が多くなっているとのことです。
Tutuban(2012.9.29)

 PNRには職員の制服がなく、一般人も線路敷を平気で歩くので、係員と乗客の区別がつきにくいのですが、これが連結風景です。203系は方向幕などは白表示ですが、発電機が動き出すと方向幕の照明は点灯します。これも活用できないものかと思いますが…。自動扉やクーラーも元通りに稼動しており、ドア操作のため編成には必ず先頭車が連結されます。DLが連結されると改札が始まり、乗客が乗り込んできました。
Tutuban(2012.9.29)

 203系は次のTutuban着の列車が到着したら発車するとのことでしたが、予定時刻になっても列車がやってきません。これがキハ52充当の列車なので、到着を撮影してから203系に乗ろうと待っていたのですが、結局到着したのは10分遅れ、入線を撮影して203系に文字通り飛び乗ると、すぐに扉が閉まりました。
Tutuban(2012.9.29)

 車内はこんな感じで、ジャカルタと違って日本語の広告や案内表示は、取り外せる物はほぼ全て撤去されていました。前日にジャカルタで日本時代と変わらない高速運転をしている203系を見てきた私たちには、のんびり走るうえに度々左右に大きく揺れる203系はいかにも物足りない感じがしましたが、乗客から見れば今までのボロボロになった12系に比べれば設備も整い、はるかに明るく綺麗になっているので、これはこれでいいのではないかと私も思うようになりました。 
(2012.9.29)

 Tutubanから1時間10分ほどでAlabangに到着しました。以前にも書きましたが、AlabangはCommuter用の新駅ができてからも旧駅が残され、機回しが旧駅でしか行えないため客車列車は旧駅に停車するか、一つ手前のSucatで折り返しとなっていましたが、新駅にも機回し線が設けられ、203系もこちらに停車しました。 
Alabang(2012.9.29)

 到着後、すぐに機回しが始まります。この写真では、DLが既にこちらに向かって動き始めているのですが、沿線住民はそんなことにお構いなく前を横切っていきます。やはりここは東南アジアなんだと思わせる瞬間です。
Alabang(2012.9.29)

 機回しが終わり、しばらく停車すると思っていたら、予定時刻よりも10分ほど早いのに発車していきました。どうもこの列車は私が思っていた列車の1本前で、到着と発車が遅れていたようです。同行のIさんたちは既にこの列車に乗車しているとのことで一瞬唖然としてしまいましたが、車両交換がなければ次の列車はキハ52が来るので、かえって喜んでしまう私でした。
Alabang(2012.9.29)

 Alabang駅を発車していく203系です。エメラルドグリーンだった帯は、上からオレンジのペンキが塗られてこの姿になったわけですが、派手なことこの上ない姿になったジャカルタの仲間に比べると、やや控えめなこちらの方が日本人ファンにとっては馴染みやすいのではないかと思います。
Alabang(2012.9.29)

 この日のマニラは雨模様で、ぐずついた曇り空が広がっていました(前日に激しく雨が降ったようです)が、203系が発車していった後、本格的に雨が降り始め、Alabang駅のホームに避難しましたが横なぐりの雨ではホームの上屋が全く役に立たない状態でした。そんな中にやって来た次の列車はやはりキハ52系国鉄色、いつもは開けっ放しの貫通扉も、さすがにこの天気では閉めてきました。PNRのキハ52で貫通扉を閉めて運用しているのを見たのは初めてで、雨も悪くないと都合のいいことを考えてしまいました。
Alabang(2012.9.29)

 キハ52の車内です。このときはまだ空席もあったのですが、発車直前になると相変わらずの混雑になりました。日本の鉄道は朝に都心行き、夕方に郊外行きが混雑するという風に片方向輸送になりがちですが、PNRやジャカルタでは昼間でも双方向の列車が混雑しています。本数やダイヤの関係もあると思いますが、日本の鉄道関係者から見ると、かなり羨ましく見える輸送形態ではないかと思いました。
Alabang(2012.9.29)

 キハ52でマニラに戻って来たのですが、私は帰りの飛行機の時間が気になる頃になり、Tutubanまで行くとタクシーが拾いにくいとのことで、Buendia駅で降りました。発車するキハ52を駅前の踏切で撮影しましたが、PNRにおける踏切での車や歩行者のマナーの悪さは目に余る物があり、警報は鳴るものの遮断機が作動しないため、わざわざ道路に出て自動車を止めないといけない係員の苦労は並大抵のものではないでしょう。小雨が降り続いていましたが、やはり暑いのか、それでも貫通扉は開けていました。
Buendia(2012.9.29)

 後追いでも撮影すると、こちらは貫通扉を閉めたままでした。どうも扉の開閉は雨に関係なく最初からそうなっていただけだったような気もします(前照灯も点けっ放しですし)が、最後になって思っていたような構図で撮影できたので、満足して空港に向かいました。
Buendia(2012.9.29)

 PNR本社で伺った話では、「また日本から車両を23両買いたいのだが・・・」とのことで、特にDLを増備したいという意向でした。恐らく203系牽引用ではないかと思いますが、もしDE10やDD51などが譲渡されて203系を牽引しようものなら、更に熱い視線が日本(の鉄道ファン)から注がれるでしょう。Tutubanで留置されている他の203系の竣工が待たれます。
 4月訪問時のエントリーでは否定的な書き方をしてしまった203系の客車転用ですが、実際に活躍する姿を見るとサービス向上になっているのは確かで、「百聞は一見にしかず」という言葉の意味を痛感しました。私もPNRでの203系の活躍を応援したいと思っています。

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513:再びマニラ列車道楽①キハ52に乗る

2012/10/11 (Thu) 18:22
 少し前の話になりますが、9月26~29日にフィリピン・マニラとインドネシア・ジャカルタの2都市を訪問してきました。マニラは4月以来、約半年ぶりの訪問となりますが、ジャカルタへの乗り継ぎの際に立ち寄ったもので、滞在時間は短かかったものの、同行して頂いた友人Iさんの尽力で非常に充実した内容となりました。
 まず、マニラの状況からご紹介させて頂きます。
 
 フィリピン国鉄(PNR)が許可なしでの撮影に非常に厳しいことは4月訪問時のエントリーで書いたとおりで、その状況は全く変わっていません。今回はあらかじめTutuban駅2階のPNR本社へ行き、撮影許可をもらうべくIさんが話をしているときにふと駅を見ると、元JR東日本の203系が入線してくるのが見えました。16:05発のAlabang行きになるとのことで、許可を頂いて構内へ急いで移動します。
Tutuban(2012.9.26)

 PNRで客車になった203系、40両譲渡されてきたうち、現在は4連1本だけが竣工しており、訪問時点で(←Alabang)クハ203-107+モハ203-11+モハ202-14+モハ203-10(Tutuban→)となっていました。調べてみれば、これらの車両は日本時代は全て違う編成に組成されていたもので、どういう基準でこの車両を抜き出してきたのかは判りませんが、客車になった以上、編成はもう気にしなくてもよくなったということでしょうか。見ていると、自動扉はきちんと動作していました(このため、先頭車は必ず編成に組み込まれます)。
 203系の運用は、早朝深夜の12系客車のスジ(Tutuban18:45発と翌朝のBinan05:20発の1往復)を置き換えたのは判明していますが、それ以外は車両の状況を見て急に決まるため、当日のしかも直前になるまで分からないそうで、ここで走行シーンを見られたのは幸運でした。
Tutuban(2012.9.26)

 車庫へ撮影に向かいます。許可をもらっているので大手を振って…というわけにはいかず、警備員が1人、ついてきます。少し線路に近づくとすぐに「そこは危険なのでだめ!」と止められるのですが、あまりにがんじ絡めになりそうだったので、Iさんが警備員のボスに直訴すると、すぐに自由行動がOKになりました。警備員もボスの指示通りに動いているだけなのですが、何かをするのにいちいち上層部の許可を得ないといけないのには、この後もウンザリさせられることになります。
Tutuban(2012.9.26)

 ネット等では話題になっていましたが、元JR東日本のキハ52のうち、新潟色の3両(キハ52-102+120+121)は、驚いたことに"Bicol Express"こと14系と同じ塗装に塗り替えられていました。今年夏頃に塗り替えたそうですが、このブルートレイン色はフィリピンで気に入られたのでしょうか。"Mayon Limited Ordinary"に運用されているのですが、今回は車庫で撮影するだけです。
Tutuban(2012.9.26)

 キハ59「こがね」は7月に衝突事故に遭い、正面が破損してから運用離脱していましたが、車庫では復活に向けて整備が進められていました。運用離脱の情報を知ったときは、このまま引退か…と心配もしましたが、まずは一安心です。 
Tutuban(2012.9.26)

 撮影していると、キハ52の国鉄色(キハ52-122+127+137)が出庫してきました。もしかして運用に入るでは?と期待しましたが、果たして16:35発のAlabang行きになるとのことで、これに乗ることにしました。 
Tutuban(2012.9.26)

 駅に戻ると、ホームには12系が停まっていました。定期運用からは離れた12系は日本の感覚ではとうに打ち棄てられた廃車体ですが、現役の際からこの状態だったので、特に驚きはしませんでした。まだ車籍からは抹消されていないようで、29日に再訪したときは車庫に移動していました。
Tutuban(2012.9.26)

 さて、キハ52に乗ることになりましたが、車内はTutuban発車の時点から混み始めており、Iさんが交渉して乗務員室に乗せてもらえることになりました。Tutuban駅を出て先ほどお邪魔した車庫の横を通りますが、ここで留置中のキハ52-123が見えました。この1両はすでに運用から離れており、塗り替えもされず一部の部品が取り外されているので、このまま部品取りになるようです。新潟色で残る貴重な1両なものの、いつまでこの姿を留めていられるかは何とも言えません。  
Tutuban(2012.9.26)

 キハ52は非冷房ということもあって、貫通扉を開けっ放しで走るので、前面展望はバッチリです。Tutubanを出るとすぐ、北方線と南方線が分岐します。北方線は1991年のピナトゥボ火山噴火で大被害を受け、いまだに全線復旧の目処が立っていませんが、マニラ郊外のCaloocan(ここに鉄道工場があります)までは整備が進められており、南方線と同じCommuterが運転されるのもそう遠くないかもしれません。
 路面電車のような分岐点(デルタ線になっています)を右に曲がり、南方線に入ります。
Tutuban~Blumentrit(2012.9.26)

 夕方の帰宅ラッシュ時間帯に当たってしまったようで、どの駅もホームには大勢の乗客が待っています。2扉しかないキハ52では乗降に時間がかかるのもやむを得ないところで、遂には乗務員扉から乗降する人も出る始末でした。
Espana(2012.9.26)
 
 車内はこのような状態で、先頭車は女性専用車ということになっているのですが、この混雑ではそんなことも言っておられず、男性もちらほら見受けられます。 
(2012.9.26)

 Tutuban~Alabang間に運転されている"Metro Commuter"は日中は1時間ヘッド、朝夕は30分ヘッドで、通常はこの韓国製ディーゼルカーDMU-1形が主力なのですが、検査入場などで運用数が足りなくなると、キハ52や203系がピンチヒッターに駆り出されます。近年、東南アジアで勢力を拡大しつつある韓国製車両ですが、台湾国鉄でも悪い噂を聞いていたものがフィリピンでも同じで、故障が増えているようです。その分日本から来た車両の運行頻度が増えれば、ファンとしては嬉しいところですが。
 途中でMRT2号線の高架橋をくぐりますが、PNRとLRT・MRTとの接続は、LRT1号線と交差するBlumentrit以外では一切考慮されていません。
Espana~Santa Mesa間(2012.9.26)

 Pasig川を渡る鉄橋のあたりから、線路際にお手製トロッコ(スケーター)が列車を避けているのが見えてきました。列車本数が増えたのと、線路際のスラム街が立ち退いて乗客が減ったために姿を消しつつあると言われているスケーターですが、ラッシュ時には需要があるのか、まだ健在なようです。これに乗ってみたいのですが、今回も時間がないので見るだけになりました。
Santa Mesa~Pandacan間(2012.9.26)

 PNRの路線には信号機がなく(残ってはいるのですが全て故障中)、運転士は時刻表と車掌の合図を頼りに運転しています。貫通扉だけでなく、私たちが入り込んできたので客室の乗務員扉まで開けたため、運転士さんは運転台に閉じ込められた状態になり、少々気の毒でした。 
(2012.9.26)

 マニラ中心部から離れると、スクーターの数も多くなってきます。加えて線路際にいる人の数もさらに増えてくるのですが、フィリピンもインドネシアと同様に列車への投石があるので、開け放した貫通扉から前を見ている私たちも油断はできません。特に、子供が群がっているのを見ると、無意識に身構えてしまいます。
Bicutan~Sucat間(2012.9.26)

 Tutubanから続く複線区間も、Sucat駅の手前で単線になります。1本前の列車で運用されている203系がAlabangから折り返してくるまで、私たちのキハ52は一旦停車して待つことになり、運転士と車掌は線路に降りてタバコを吸い始めました。私たちも線路に降りれば、キハ52と203系のすれ違いシーンを撮影できるのですが、さすがにどのタイミングで動き出すか分からない状況では無闇に降りるのはためらわれ、203系を車内から撮影するのにとどめました。
Alabang~Sucat(2012.9.26)

 4月訪問時でも書きましたが、Alabangは乗客の利便を図るためショッピングセンターの裏に"Metro Commuter"用の高床ホームの新駅が設けられましたが、旧駅も高床に対応していない"Bicol Express"や"Mayon Limited"のために残されています。今回はキハ52ということで、旧駅に停車するものと期待していたのですが、あっさり通過して新駅に到着しました。キハ52から見るとホームの方がわすかに高く、扉ステップが乗降に支障をきたしていました。
Alabang(2012.9.26)

 Alabang駅に停車中のキハ52。Tutubanから約1時間の行程でした。わずかな停車時間で折り返していくのを見送った私たちは、駅横のショッピングセンター内のレストランで夕食をとってから、タクシーで空港に向かいました。こう書くとスムーズにことが進んだように見えますが、Alabang駅周辺ではフィリピン名物のジプニーはたくさん停まっているもののメータータクシーは少なく、捕まえられても値段を吹っかけてきます。Iさんが値段交渉をしてくれたのですが、運ちゃんも結構頑固で、結局最初に声をかけてきたタクシーに乗ることになりました。
Alabang(2012.9.26)

 この後、ジャカルタへ向かいましたが、また別エントリーでご紹介します。

テーマ : 鉄道 - ジャンル : 趣味・実用


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