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476:叡山電鉄「がんばろう!東日本の鉄道」トレイン(その2)

2012/04/30 (Mon) 00:05
 叡電では、ギャラリー電車「こもれび」(デオ815-816)を利用した「がんばろう!東日本の鉄道」トレインを、3月11日~7月30日の間運行していますが、4月26日からヘッドマークが入れ替わりました。
元田中~出町柳間(2012.4.29)

 デオ815は、ひたちなか海浜鉄道のマークです。
(2012.4.29)

 デオ816のマークには仙台空港鉄道がデザインされています。「お絵かきトレイン」は仙台で運転されているもので、「こもれび」がそうだというわけではありません(念のため)。
(2012.4.29)

 これらのマークは6月12日まで掲出の予定で、6月13日~7月30日には別のマークに替わることになっています。後は鹿島臨海鉄道が残っているのですが、片方がどこになるのかが気になります。
茶山~一乗寺間(2012.4.29)

 撮影に行った日はGWの初日ということで、叡山本線では臨時電車が運転されていました。「臨時」という角板を出しているのが趣味的には嬉しいですが、先頭だけにしか付いていないのが残念です。
一乗寺~茶山間(2012.4.29)
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477:阪堺電車モ172

2012/04/29 (Sun) 22:55
 4月29日に行われた知人の阪堺モ172貸切運転に参加させてもらいました。
 モ172は最近、検査出場したので吊りかけモーターの音が他の車両よりも高いそうで、この貸切も録音をする人のために行われるものだったのですが、そろそろ今シーズンのモ161形の運用も終わる頃なので、参加させてもらうことにしました。

 最初に我孫子道車庫で撮影会です。モ172自体は理想的な条件で撮影できましたが、見れば他のモ161形も皆入庫していました。この日から車内冷房の使用許可が会社から下りたそうで、そうなれば10月頃まで、日中の運用にモ161形が入ることはまずなくなります。私にとってはこの春のモ161形の撮り納めになると、気合が入ります。
我孫子道車庫(2012.4.29)

 先行の電車で先回りし、天王寺駅前行きを撮りやすそうな姫松の交差点で撮影しましたが、光線状態を考えると住吉か神ノ木の方がよかったかもしれません。これが今季最後と思うと、撮影しても後悔の方が大きくなるのは悪い癖です。
帝塚山3丁目~姫松間(2012.4.29)

 天王寺駅前からの返しは松虫で撮影。この後、松虫電停までダッシュしてモ172に乗り込みました。
阿倍野~松虫間(2012.4.29)

 再び我孫子道の車庫に入り、一応休憩ということになりますが撮影会になるのは自然な流れです。停車場所の横にはモ164が停まっており、並び撮影会になるのも自然な流れです。
我孫子道車庫(2012.4.29)

 車内も撮影できました。
(2012.4.29)

 モ172は1931(昭和6)年に田中車輛(現近畿車輛)で製造された2両のうちの1両で、もう1両のモ171は2002(平成14)年に廃車後、近畿車輛に里帰りして保存されています。
(2012.4.29)

 我孫子道から再び先回りし、浜寺駅前行きは寺地町で撮影しました。堺市内区間は光線状態が微妙なことが多く、定番の綾ノ町や御陵前以外でと考えると、撮影場所の選定には意外と苦労します。
寺地町(2012.4.29)

 浜寺駅前からの折り返しはどこで撮影しても逆光になるので、開き直ってこのような撮り方にしました。近年、堺市内区間では、堺市が整備しているのか、ボランティアが世話をしているのかは分かりませんが、軌道端の植え込みで花がよく見られるようになりました。
神明町~綾ノ町間(2012.4.29)

 次は10月以降に冷房が不要となる季節が来るまで、走るモ161形とはしばしのお別れとなります。

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475:京阪大津線開業100周年

2012/04/29 (Sun) 01:24
 京阪大津線では、今年8月15日に京津線、来年3月1日に石山坂本線が開業100周年を迎えるのを記念して、各種行事が行われることになっています。

 その手始めに、4月1日から1年間、ヘッドマークが掲出されています。
浜大津(2012.4.8)

 京津線は800系8編成全てにマークが付いています。これに始まったことではありませんが、掲出位置が微妙なところで、併用軌道区間ならともかく、駅ホームからでは見えづらいのではないかと思います。
浜大津(2012.4.29)

 京津線用マークは「びわこ号」がデザインされています。現在、寝屋川車庫で保管中の「びわこ号」、復活プロジェクトの行方が気になるところです。
(2012.4.7)

 石坂線用は至って普通のデザインです。
(2012.4.7)

 石坂線でも、一部の編成(605-606『まんが日本むかしばなし』と619-620『機動戦士ガンダムAGE』のように、ラッピング内容に関連したヘッドマークが予め付いているもの)を除く全編成に付いています。
浜大津~三井寺間(2012.4.15)

 この4月で登場から12年目を迎えた707-708「マザーレイク号」にも付いています。 
浜大津~三井寺間(2012.4.15)

 これも5年選手の611-612「坂本ケーブル」も、マークが付いて2枚看板となりました。
浜大津~三井寺間(2012.4.15)

 この他にも、石坂線では新しいラッピング電車が続々と登場しています。
 601-602が3月20日から「湖上遊覧125周年」になりました。12月31日までの予定ですが、車体を見ると、「太湖汽船創業130周年」「外輪船ミシガン就航30周年」とも書かれており(ミシガンはヘッドマークも掲出)、そこに大津線100周年マークも付いたので、1編成で4つも記念することになっています。 
浜大津~三井寺間(2012.4.15)

 続いて、3月25日~4月30日に613-614が「『熱狂の日』音楽祭2012~ラ・フォル・ジュルネびわ湖~」のラッピング電車になりました。
浜大津~三井寺間(2012.4.28)

 これは前後でデザインが違うという曲者ですが、「けいおん!」などのように左右でデザインが違うのに比べれば、まだ撮影はしやすい方です。
南滋賀~近江神宮前間(2012.4.28)

 更に、4月29日から1年間の予定で、615-616が滋賀県警の「パト電」になっています。
三井寺~浜大津間(2012.4.29)

 「パト電」はお隣の嵐電や、熊本市電、名鉄など各地で実績がありますが、それがついに石坂線にも波及したわけです。というよりも、これだけラッピングに熱心な石坂線で、今までなかったのが不思議なくらいですが、これは県警本部の懐具合によるものなので、やはり「ようやく…」というところです。
三井寺~浜大津間(2012.4.29)

 後で画像を見てみると、左右でデザインが違うことに気付きました。
滋賀里~穴太間(2012.4.29)

 今後の予定としては、100周年記念行事の一環として603-604をかつて260・300形に塗られていた京阪特急色に変更することが発表されています。9月下旬から運行開始予定とのことで、これは前から実現したら面白いだろうと思っていただけに、今から非常に待ち遠しいです。 
浜大津(2012.4.15)

 数回にわたって撮影した大津線の激しい動きを、まとめてご紹介しました。次に何を繰り出してくるか分からない京阪恐るべしです。

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474:マニラ列車道楽④LRTとMRT

2012/04/29 (Sun) 00:17
 マニラには、PNRとは対照的に近代的な設備を持った高架鉄道が3路線あります。こちらは市内観光にも使え、ガイドブックにも載っているので、日本人観光客でも乗ったことのある人は多いと思います。
 3本の路線は経営主体が異なり、1・2号線はLRT、3号線はMRTと言われています。実際には1・3号線が路面電車タイプ、2号線は地下鉄のような電車が走っていますが、基本的に全線高架になっています。

 今回の訪問で、私の泊まったホテルは1号線のGil Puyat駅のすぐ横にありました。おかげで、部屋からは行き来する電車を眺められるのですが、線路に近いということはうるさくもあるわけで、朝5時前から5分おきくらいに電車の音が響いてくるのには参りました。
Libertad(2012.4.14)

 1号線はマニラの旧市街を走り、めぼしい観光地はこの沿線に多いのですが、南側の終点Baclarankaraから、後1~2駅ほど延長すればニノイ・アキノ国際空港の前まで到達するものの、なぜか延長される気配がありません。他の区間よりもこちらを優先すべきなのではとも思いますが、路線網に関する謎は、その後もあちこちで見受けられるようになります。
Gil Puyat~Vit Cruz(2012.4.14)

 1号線はベルギーの協力で建設されたそうで、1984年の開業時に導入されたこの電車もベルギー製です。3連を3本連結して9連で運転されています。
 ガイドブックでは「LRTの駅では撮影禁止」と書いてあるのですが、各路線に乗った際に、試しに駅ホームでカメラを出してみたところ、1号線に限っては何も言われませんでした。ここも駅に入る際には手荷物検査があり、ホームには警備員がいます。このため、駅構内や車内の治安は比較的いいとされていますが、万全というわけではないので、車内では手荷物の扱いに要注意です。
U.N.Avenue~Central Terminal(2012.4.15)

 2000年頃から、近畿車輛製(他に日本車輛製もあるそうです)の新車(左)が増備され、在来の車両も更新と冷房化が行われました。つまりそれまでは非冷房だったのです。これには驚かされました。新車(といっても10年以上経っていますが)は3連を4本連結して走っています。 
Central Terminal(2012.4.14)

 新車の車内です。これは朝6時頃に撮影したもので、日中は大混雑するので撮影どころではなくなります。ワンマン運転なので、車内放送は運転士の肉声で駅名を1~2回言うだけですが、各駅のホームには駅名を大きく表示してあるので、外を見ていれば乗り過ごすことはない…はずです。
(2012.4.15)

 車内には日本のODAで導入されたことを示す表示がありました。これと同じものを、ジャカルタの都営地下鉄6000系でも見たことがありますが、日本の技術が役に立っているなら、日本人として嬉しいことです。
(2012.4.15)

 こちらはMRT3号線の電車です。経営主体が違うとはいえ、似たような電車が走っています。ただ、マニラの中でも指折りの高級住宅街やオフィス街であるMakati地区を通ることもあり、客層が少し違うような気がしました。この画像を撮影したMagellanes駅は、PNRのEDSA駅から近いところにあるのですが、接続は全く考慮されておらず、歩くと10分近くかかります。連絡通路さえあれば、この半分くらいで来られるのですが、MRTはPNRよりも、駅横にあるショッピングセンターと直結させる方を優先させたようです。
Magallanes~Taft Avenue(2012.4.15)

 LRT・MRTとも施設は非常に近代的で、渋滞の心配もないので利用者が非常に多く、これなら路面電車タイプではなく、本格的な高速電車にしてもよかったのではないかと思います。
Ayala center(2012.4.15)

 Makati地区の中心部に近いAyala駅で降りてみました。周囲はショッピングモールや高級ホテルが建ち並び、1号線やPNRの沿線と同じ街とはとても思えないほどでした。そういう場所なので当然外国人も多く、冷たいものでも飲もうと駅前の高級ホテル"Intercontinental hotel"に入ると、周囲は白人だらけでした。
Ayala center(2012.4.15)

 Cubao駅で3号線を降りたところ、ラッピング電車がやってきました。マニラでもこういう増収策をとっているようです。後方に、3号線の高架をまたいでいく更に高い高架線が少し見えていますが、これがLRT2号線で、そのAraneta Center-Cubao駅へは、一旦地上に降りて暑い中を5分ほど歩かされます。これも開通時期が違うとはいえ、せめて2号線の駅を交差部分に造れなかったのかと思います。
Kamuning~Cubao(2012.4.15)

 これが2号線の電車です。どこかで見たことがあるデザインだと思っていたのですが、韓国ソウル地下鉄にいる「トングリ(丸型)」といわれる電車に正面が瓜二つでした。それだけですぐに察しがつきましたが、この電車は韓国Rotem製です。
 2号線はLRT・MRTでは最新(2003年開業)の路線で、電車が大きい分(4両編成)輸送力はあります。しかし高架線なのに急勾配とカーブが多く、線路横の側壁(ガード)がないので、万が一脱線したらそのまま落下することにもなりかねないように見え、日本との考え方の違いがこういうところにも垣間見えています。
Anonas~Araneta Center-Cubao(2012.4.15)

 2号線にもラッピング電車がいました。
Araneta Center-Cubao(2012.4.15)

 電車が韓国製でも、その他の施設は日本の協力により建設されたもので、車内にもそのことを示す表示がありました。駅の雰囲気は、この2号線が最も日本の駅と雰囲気が近いです。
(2012.4.15)

 もう1本、ラッピングがいました。
Legarda~Recto(2012.4.15)

 2号線の西側の終点Rectoは、1号線Doroteo Jose駅と連絡しており、こちらは通路が設けられていますが、実際の距離は結構離れています。この画像(Recto駅ホームから見たDoroteo Jose駅方向)の左の方に見えているのが通路で、周囲は下町というか、スラムのようなところで、それが駅のすぐ横まで迫っている(駅建設の際にスラムのほうを立ち退かせたと言った方が正しいのでしょう)ので通路を歩いていると、家の中でゴロ寝したり、屋根上で洗濯物を干したりしている住民を間近に見ることになります。
Recto(2012.4.15)

 連絡通路では1号線と、2号線Recto駅の引き上げ線の交差部分が見えました。双方の電車が同時に来ないかと、数本電車を待ってみましたが、この画像が精一杯でした。
Doroteo Jose(2012.4.15)

 4回にわたってマニラについて書いてみましたが、現状は便利とはいえないものの、これから便利にしようという意気込みが伝わってきて、活気があることはよく分かりました。しかしとにかく暑かったです。

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473:マニラ列車道楽③"Metro Commuter "に乗る

2012/04/26 (Thu) 23:57
 マニラに来たからには、撮影だけではなく「乗り鉄」もしようということで、Tutuban~Alabang間で運転されている"Metro Commuter"(以下"Commuter")に乗ってみることにしました。
 "Commuter"はTutuban~Alabang間を約1時間で走り、運賃は全線20ペソ(約40円)と破格の安さです。
 車内の路線図には、Tutuban~Caloocan間でも運行されているように書かれていますが、この区間は1991年のピナトゥボ火山噴火で壊滅的被害を受け、実質廃線になっている北方線の一部にあたり、線路が撤去されているので列車の運行はしたくてもできなくなっています。このためにCaloocanの鉄道工場への車両の出し入れができなくなり、トレーラーで運ぶというおまけも付きましたが、現在、運転再開に向けて整備されているそうです。
Tutuban(2012.4.15)

 "Commuter"に使用されているのは韓国Rotem社製のディーゼルカーで、3両固定編成が6本います。日本人としては日本製を導入してほしかったところですが、前日に壮絶極まりない12系客車を見た後では、冷房が利いて明るく清潔な車内は天国のようです。バスやジプニーと違って渋滞の心配がない鉄道の利用者は、車両取替と大幅な増発(朝夕30分、日中1時間ヘッドで、土日は終日1時間ヘッド)の効果もあり、どの列車も非常に混んでいます。
 この画像はTutuban駅で発車前に撮影したもので、途中駅からも相当な乗車がありました。
(2012.4.15)

 Alabang駅に到着した列車です。"Commuter"は終点ですが、路線としてはPNR南方線(Tutubang~Legazpi間)の中間駅の一つなので、ホーム1本だけの簡素な駅です。印象としては、水島臨海鉄道の三菱自工前駅のような感じです。
 途中の写真がないのは車内が大混雑でカメラを取り出せなかったのと、車窓風景は金網越しになるのでほとんど見られなかったこと、そして朝から動き回っていて強烈な眠気に襲われたためで、ついうつらうつらして「ここではまずいだろう」と慌てて姿勢を正す始末でした。
Alabang(2012.4.15)

 Akabangでは折り返しの停車時間が5分ほどしかなく、皆座りたいので、車内の人々が降りきれないうちに乗り込んでいきます。それが混雑に更に拍車をかけているのですが、まじめに整列乗車などしようものなら、多分列車にはいつまでも乗れなくなるであろうことはジャカルタとも一緒です。
Alabang(2012.4.15)

 Alanbang駅の出入口です。ちょうど列車が到着したところで、大勢降りてきますが、乗るためにもこの階段を上らないといけないので結構大変です。"Commuter"の運転区間は高床ホームが整備されており、無人駅に見える駅でも係員と警備員が必ずいて、きっぷの発売と手荷物検査を必ず行っています。この駅では右に見える小屋が出札口で、ホーム上に改札兼手荷物検査の警備員がいます。
Alabang(2012.4.15)

 列車が発車していった後のAlabang駅です。各駅とも、ホームが日本よりも相当高く、線路からホームによじ登るのは(そんなことはしませんが)大変そうです。どうも、無賃乗車予防のためにわざと高くしているような気がします。
Alabang(2012.4.15)

 ホームから南方を眺めると、先に続く線路がすごいことになっていました。日本の感覚ではこの先、廃線になったとしか思えませんが、これでも現役の本線、しかも幹線です。12系も14系もキハ52系も、ここを通っていくとはすぐには信じられませんでした。
 この周辺では以前は、列車の合間に線路を利用して客を乗せるトロッコ(もちろんPNRの許可を得たものではない)が多くいたそうで、私たちも「トロッコがいたら乗ってみよう」と話していたのですが、周囲を見渡してもそれらしきものが見えませんでした。"Commuter"の増発でトロッコが危険になったこと、線路沿いのスラムを立ち退かせたことから、トロッコの業者と乗客の両方が激減したのが原因だそうです。
Alabang(2012.4.15)

 Alabangを出発していくDC。木立の奥に駅があるのが見えますが、ここが本来のAlabang駅だったところで、2010年4月にショッピングモールの横にあたる現在地へ移転したものです。200mほど移っただけですが、Alabangの街自体は旧駅周辺に広がっているので、ショッピングモールに行かない人には不便になったのではと思います。
 ただ、新駅はホームが高いため、対応できていない"Bicol Express"や12系、キハ52系は今でも旧駅に停車しているそうで、現状ではAlabangは2か所に駅があることになります。
Alabang(2012.4.15)

 "Commuter"の増発に合わせて施設や軌道の改良も行われており、ほとんどの駅ではホームの高床化が完了していますが、一部で完了していない駅では、このようにステップを置いて対応しています。
EDSA(2012.4.15)

 また、ネットや書籍によく出てくる土に埋もれたり、雨が降ると水没するような線路は、Tutuban~Alabang間では全て改良され、姿を消しました。マニラ付近はせっかく複線になっているものの、車両が少ないため増発ができず、活かせていないのですが、203系が竣工してくるとまた大幅な増発があるのではと思います。
Pasay road~Edsa間(2012.4.15)

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472:マニラ列車道楽②日本からの譲渡車両

2012/04/23 (Mon) 22:57
 前回のエントリーでも書きましたが、マニラ近郊では今のところ、日本からの譲渡車両は早朝か夕方以降の運用に限られています。そこで翌日は朝5時過ぎにホテルを出て、Tutuban行きの12系"COMMEX"を撮影に行きました。再びBlumentrit駅で、LRTの電車を撮影していると、PNRの駅に列車が来るのが見えました。
 12系が来るには15分ほど早いなぁと思っていると、来ていたのは12系ではなく、定時では朝04:30Tutuban着のはずの14系"Bicol Express"でした。実に1時間半遅れでの到着です。Blumentritで停車中に線路際まで走っていき、無事に撮影できました。これは撮影できると思っていなかったので、朝から嬉しいハプニングです。
Blumentrit~Tutuban間(2012.4.15)

 昨晩に見たのとは別の編成で、最後尾には改造された12系が1両連結されていました。他の仲間は南部のNaga近郊の通勤列車に使用されているそうです。
Blumentrit~Tutuban間(2012.4.15)

 こちらが本来の目的の12系。さほどの遅れではありませんでした。マニラでは線路沿いを不法占拠していたスラム(スクワッターといいます)を撤去したため、線路の周辺は広々としています(先ほど"Bicol Express"を撮影したのも、数年前までスラムだった場所です)が、それでも朝6時台では太陽が昇りきらず、周辺の家の影になってしまいました。
Blumentrit~Tutuban間(2012.4.15)

 12系を撮影したのは車庫の入口に近い踏切で、車庫側に振り向くと12系と留置中の203系・キハ52系の国鉄型並びになっていました。お互い微妙に姿を変えていますが、12系さえもう少し綺麗な車体であれば、フィリピンとは思えない光景になっていたと思います。
Tutuban(2012.4.15)

 12系はTutuban到着後、すぐに入庫してきました。恐らく、前日に連結器の不調で切り離していた1両をつなぎ直すためと思います。それにしても、晴天で見ると壮絶な状態がよく分かります。塗装が剥げているというだけではすまない状態で、これでよく走れているものだと感心するとともに、相当酷使されてきたのだろうと同情してしまいます。車庫にいる廃車体と並んでも、どちらが廃車か区別がつかないほどです。
Tutuban(2012.4.15)

 昨日はチラッと見ただけの203系ですが、明るいところで見ると、このような感じになります。オレンジ色の帯が意外に似合っています。金網がなければ、常磐線から武蔵野線あたりへ転属したといわれても信じてしまいそうです。10連を分割して5連の状態でDLに牽引されるのは昨日に書いたとおりで、冷房や自動ドアもそのまま使用されるため、この編成では先頭車クハ203-107の車内を区切り、電源室にしています。
 聞いた話では6月からTutuban~Calamba間で使用される予定だそうで、現在は試運転を行っているところです。これが登場すると、12系は間違いなく引退することになるでしょう。
Tutuban(2012.4.15)

 たぶん日本では顔を合わせていないと思いますが、見知らぬ外国で同郷出身者同士で会って安心しているかもしれません。しかし、電化区間のないPNRが、客車にするためとはいえ電車を導入したのは不思議以外の何物でもありません。車体がアルミ製で塗装の手間が省けること以外に理由が考えられないのです。
 同じく203系が行ったジャカルタでは今でも車両不足に悩んでおり、この40両も電車のまま使用できるジャカルタへ行った方が活用方法としては合っていたはずとの思いは今でも消えません。せめて、マニラでは使用することのないパンタや制御機器などをジャカルタに予備部品として譲ることができないかと思います。
Tutuban(2012.4.15)

 キハ52系新潟色は、キハ59系「こがね」とともに"Mayon Limited"に使用されていますが、実は"Mayon Limited"は2種類があり、キハ52系は"Mayon Limited Ordinary"で、Tutuban発が火・木・日、Ligao発が月・水・金で運転されます。
 一方、「こがね」は"Mayon Limited De Luxe"の方で、Tutuban発が月・水・金、Ligao発が日・火・木となっており、実質、土日しか滞在時間のない私には見る機会がありませんでした。PNR本社で撮影許可を受けることなどを考えても、マニラ訪問は平日の方が収穫が多いと思います。
Tutuban(2012.4.15)

 車庫には韓国製DCもいるものの、国鉄の車庫のような雰囲気になっていました。
Tutuban(2012.4.15)

 せっかくなので、車内も見学させてもらいました。
 これは12系で、パッと見は普通に見えますが、昨日の乗車時の画像でも判るとおり、照明は一部しか点かず、座席モケットは荒れ放題、冷房も作動しません。
Tutuban(2012.4.15)

 洗面所もご覧の通りです。トイレもどういう状況かは、推して知るべしです。
Tutuban(2012.4.15)

 続いて14系。これも塗色はそのままですが、PNRマークに加えて"Bicol Express"のロゴも入れられました。
 このマーク・ロゴがまたセンスのいいデザインで、キーホルダーにでもなっていたら迷わず購入するところですが、台湾やインドネシアならともかく、フィリピンでそういうグッズはまず望めません。
Tutuban(2012.4.15)

 入口上の表記は、さすがに英語になっていました。B寝台は「エアコンつき普通寝台」となるそうです。
Tutuban(2012.4.15)

 車内は、一部にタガログ語の掲示物や広告が付けられた以外は全く手を付けられておらず、あの寝台車特有の匂いもそのままで、日本人には非常にノスタルジーを誘われます。ここがフィリピンだということを忘れる瞬間でした。
Tutuban(2012.4.15)

 今回はマニラだけの訪問ですが、いつかこれに乗ってLegaspiまで行ってみたいものです。PNRでは、下段が"A"、上段を"B"としていますが、それ以外の寝台番号は日本時代のままです。
Tutuban(2012.4.15)

 この注意表示こそ、タガログ語か英語に訳しておくべきだと思うのですが…。
Tutuban(2012.4.15)

 12系ではボロボロというか、破壊されていた洗面所やトイレですが、14系ではさすがに必要な設備なので、きちんと整備されています。フィリピンなので、日本のように寝台に荷物を置いたまま顔を洗いに来ることができるかどうか微妙ですが、古びてはいるもののかなり豪華な設備になっているのは間違いないと思います。
Tutuban(2012.4.15)

 車内を見た後、外に出ると、12系は前日に連結器の故障で切り離した1両を連結しなおすため入庫してきました。その後、Sさん経由で聞いた情報では、203系がDLとスムーズに連結できるように、12系の連結器を転用するそうで、やはり203系と入換に12系が引退するのは間近なようです。
Tutuban(2012.4.15)

 この日の夜、Tutuban発の"Bicol Express"や12系、キハ52系"Mayon Limited Ordinary"を撮影するべく、眠い目をこすってBlumentrit駅に行きました。
 始発の次の駅なのに、早くもダイヤは大乱れで、Tutuban18:30発の"Bicol Express"がいつまで経ってもきません。その合間にComuterの韓国製DCが数本やってきました。これも既に運転が終わっているはずの時間なので、
大幅に遅れていたのでしょう。
 画像は踏切の状況で、列車が来ると警手が警報を鳴らしますが、遮断機は下りてきません。故障して放置されたままなのでしょう。代わりに警手が"STOP"と書いたプレートを持って小屋から出てきて、自ら歩行者や自動車を止めます。これがなかなか言うことを聞かず、警手が大声をあげても、列車が見えていても人々は悠然と踏切を渡っていきます。投石とあわせて鉄道がなめられている証拠で、ファンとしては見ていて腹立たしい限りです。
 とはいうものの、列車が来ないときでも警報が鳴ることがよくあり、回送でも来るのかと思って見たところ、踏切上に自動車やジプニーなどが停まると、それを追い出すために鳴らしているのでした。遅れている"Bicol Express"を待ちわびている私には紛らわしい限りで、何度も騙されました。 
Blumentrit(2012.4.15)

 結局、2時間ほど待ったところで、20:30Tutuban発のLigao行きキハ52系新潟色"Mayon Limited Ordinary"が先に来てしまいました。"Bicol Express"が定時に来ていれば、この間の2時間で夕食にする予定だったのですが…。
 しかも"Mayon~"はBlumemntritには停まらず、写真は撮影できなかったので、同時撮影していた動画のキャプチャーを載せます。
Blumentrit(2012.4.15)

 結局、21時頃になってようやく来た"Bicol Express"も、時刻表上では停車するはずのBlumentritを通過して行き、しかも右側通行のはずが左側通行で来るというおまけ付きでした。その10分ほど後にようやくBinan行き12系"COMMEX"が到着、これもなぜか左側通行でした。
Blumentrit(2012.4.15)

 こうして、定時では最終列車の"Mayon"から見ても45分遅れでBlumentrit駅の1日の業務は終わりました。
 夜とはいえ暑い中を3時間近く待たされた私は夕食に行く気力すらなく、LRTでホテルに戻った後、サンミゲルビールの助けを借りずに気絶してしまいました。

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471:マニラ列車道楽①PNR Tutuban駅と12系

2012/04/22 (Sun) 16:38
 4月13~16日、フィリピンの首都マニラに行ってきました。
 ジェットスター航空のキャンペーン価格で関空~マニラ間が片道8,000円という破格の値段で出たことで決意したものです。
 調べてみればマニラはただ「治安が悪い」の一言で、不安極まりないまま出発しましたが、行ってみればジャカルタよりは要注意ながら、気をつけてさえいれば何とか無事に帰ってこられるという印象でした。これはどこの国でも同じではありますが…。

 フィリピン国鉄(Philippine National Railways、略称PNR)は旅客減少や自然災害等で消滅寸前まで行きましたが、近年になってJR東日本からの中古車両導入や軌道・駅設備改良により、息を吹き返しつつあります。
 その詳細は追って書いていくとして、マニラでの始発駅Tutubanは、1892年開業の由緒正しい駅ですが、PNRの赤字経営解消のため1989年に駅部分が売却され、ショッピングセンターになりました。とはいえ、当時の駅舎は外観がそのまま残され、面影は十分偲べますが、中に入れば普通のショッピングセンターで駅らしさは全く残っていません。
 人の多い場所なので、タクシーで行く場合や町で人に道順を聞く場合は「Tutuban駅」よりも「Tutuban center」と言った方がすぐに分かってもらえます。
Tutuban(2012.4.14)

 では、現在のTutuban駅はどうなったかというと、一旦500mほど後方の機関区横の線路上(!)から乗降するようになり、そこをTayuman駅としていました(今でもこの駅を地図に載せているガイドブックがありますが、現在は跡形もなくなり、列車は停車しません)。2007年6月になってTutuban centerから300mほど後方にあるPNR本社の手前にホームが造られ、本社の1階ロビーを開放して出札口兼コンコース兼改札口としました。向かって右側が駅の出入口になっており、辺鄙な場所ですが、列車が到着すると意外に大勢の人が降りてきます。
Tutuban(2012.4.14)

 PNR本社1階ロビー兼Tutuban駅コンコースです。画面中央の左側に見えているのはインフォメーションカウンターで、この裏に出札口と改札口があるのですが、判りにくいためか、近郊列車の乗車券は画面右奥の入口で机を出して発売しています。なお、フィリピンの公共施設はどこでもそうですが、入場の際は手荷物をチェックされます。鞄を開けて警備員に中を見せる(爆発物がないか調べられる)のですが、私たちもリュックサックを開けて中のカメラを見せると、それ以上は何も詮索されませんでした。いかにも外国人という風体で、カメラを持っていると人畜無害だと思われるのでしょうか。 
Tutuban(2012.4.14)

 コンコースには列車の写真の他、作業用車両(職員輸送車?)が展示されていました。マニラ北部のCaloocan鉄道工場に置いてあったものを整備して持ってきたようです。
Tutuban(2012.4.14)

 駅のホームには203系や12・14系が留置中で、撮影意欲が湧いてきますが、警備員に「駅構内での撮影は駄目だ」と言われました。こういうこともあろうかと、PNR本社の担当者の方を紹介して頂いていたのですが、行ったのが土曜日で本社は休み、どうしようもできません。揉め事は起こしたくないのでおとなしく引き下がりましたが、諦めきれないので車庫に行き、撮影してもいいか聞くと"OK!"とのことで、ありがたく撮影させてもらいます。というわけで、車庫から見た駅構内です。一挙に40両もの203系が譲渡され、空いている側線は全て203系で埋め尽くされています。
Tutuban(2012.4.14)

 車庫ではキハ52系の国鉄色、新潟色が休憩中でした。真ん中にいるのは近郊列車"Commuter"用の韓国製DCで、これについては後で採り上げます。キハ52はPNRで窓に投石防止用の金網取り付けなどのほか、塗装変更もしたかったようなのですが予算不足で色はそのままになり、貫通扉と側面にPNRマークを入れられただけになりました。それが案外似合っていていい感じです。
 現在、キハ52系は新潟色がキハ59「こがね」と共通でTutuban~Ligao間の長距離夜行列車"Mayon Limited"に使用され、国鉄色は臨時列車や韓国製DC故障時の代走に使用されています。
Tutuban(2012.4.14)

 新潟色はまだ走りを見られる可能性がありますが、国鉄色は車庫で見るだけか…と思っていると、いきなり出庫してきました。入換のためだそうで、曲がりなりにも走る姿が見られました。車庫内には12系の廃車体も放置されており、思わぬ顔合わせも撮影できました。
Tutuban(2012.4.14)

 フィリピンではインドネシア以上に列車への投石がひどく、正面だけでなく側面窓にも金網が取り付けられています。これは他の車両も全て同じです。また、乗降扉の窓は金網を付けると開閉できなくなるため、キハ52系と203系は窓を鉄板で埋めてしまいました。
 列車への投石ですが、私にはなぜこんなことをするのか理解できません。列車を悪魔の使者とでも見る迷信でもあるのでしょうか。東南アジアで列車への投石はフィリピン・ベトナム・インドネシアでのみ見られるものだそうで、ベトナムは知りませんが、インドネシアで投石するのは子どもだけなのに対し、フィリピンは大人も石を投げるところが、さらに悪質です。以前、ジャカルタの友人に「列車への投石がある限り、インドネシアはいつまで経ってもフィリピンと同レベルだ」と言って露骨に嫌な顔をされたことがありますが、これは子どもの頃から教育をしないと断ち切れない流れのようなもので、前途多難です。
Tutuban(2012.4.14)

 203系とも並びました。203系は10両編成を2分割して5連で客車として使用されます。このため、中間車が正面に出てくることもあるわけで、これも必要ないと思われたのか、妻面の窓が鉄板で埋められました。
Tutuban(2012.4.14)

 色々撮影していると、あっという間に日が暮れます。日本から譲渡された車両は基本的に早朝と夕方にしか走らないので、日本人鉄道ファンはこれからが忙しくなります。まずはTutuban18:30発のLegaspi行き"Bicol Express"。周囲は既に真っ暗で、ブレた画像ですが普段撮れないところだということでご了承願います。PNRの長距離列車は今や、先述の"Mayon Limited"とこの"Bicol Express"だけになりました。
Tutuban(2012.4.14)

 続いて18:45発のBinan行き"COMMEX"に12系が充当されます。これがTutuban発の最終列車になります。駅で聞くと、"Bicol Express"は短距離での乗車はできないとのことだったので、普通乗車券で乗れる"COMMEX"に乗ってみることにしました。
Tutuban(2012.4.14)

これが12系の車内です。明るく見えるのは露出に失敗してオーバー気味になったからで、見ての通り車内照明は一部しか点灯しておらず、実際は相当薄暗いです。座席もモケットは方々で破れてガムテープで補修したのが更に敗れている始末、当然クッションやスプリングなどはなく、来る前に予想していた通りの「フィリピンの列車」がそこにありました。ネット等には「現地の人でも乗るのを嫌がる」と紹介している場合がありますが、女の子同士でも乗っており、そこまでひどい雰囲気ではありません。幸いにも、乗っている間に投石はありませんでした。
 とはいえ、用心に越したことはないので駅で降りる直前にリュックにしまっていたカメラを取り出し、サッと撮影したもので、ブレた画像になってしまいました。
(2012.4.14)

 降りたのはTutubanから1駅目のBlumentritです。1駅でもう満腹になったといいつつ、停車中の列車を撮影します。周囲は下町のようなところで、街灯も少ないのですが、これを撮るために来た以上、撮らないわけにはいきません。
 BlumentritはLRT(高架鉄道)1号線と接続しており(後方に見える高架がLRTの駅です)、これに乗り換えればホテルまで一直線です。この時期のマニラは気温30℃、暑さにバテたSさんと私は、サンミゲルビール数本ですぐに気を失ってしまいました。
Blumentrit(2012.4.14)

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470:叡山電鉄「がんばろう!東日本の鉄道」トレイン

2012/04/16 (Mon) 23:55
 叡電では、東日本大震災の被害を受けた鉄道各社(三陸・阿武隈・仙台空港・ひたちなか・鹿島臨海)を応援するべく、3月11日から「こもれび」(デオ815-816)が「がんばろう!東日本の鉄道」トレインとなりました。
宝ヶ池(2012.4.7)

 撮影に行った時点では、デオ816(鞍馬側)には阿武隈急行の「ホリデー宮城おとぎ街道号」のヘッドマークをデザインしたマークが付いています。
宝ヶ池(2012.4.7)

 デオ815(出町柳側)は三陸鉄道の「シーリアスライナー」でした。「撮影に行った時点では」というのは、ヘッドマークが期間により変更されるからで、現在のマークは4月26日までで、27日からは残り3社のマークに替わり、6月13日にまた変更されることになっています。
 最終的に、7月30日まで運行されます。
宝ヶ池(2012.4.7)

 車内もこれら5社の写真が展示されており、こちらも期間内に入れ替えられるそうです。
宝ヶ池(2012.4.7)

 もう一つ、叡電の話題といえば、最後まで登場時の塗色のままで残っていたデオ724は昨年11月に塗色のさよなら運転を行った後、入場していましたが、2月末に塗色変更されて出場してきました。今度は帯の色が青になっています。
宝ヶ池(2012.4.7)

 左のデオ712と比べると判りますが、正面のロゴマークが"EIDEN"から「えいでん」になり、向かって右側に移動しています。他の車両も同じようになるかどうかは、まだ分かりません。 
宝ヶ池(2012.4.7)

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469:京阪「洛楽」

2012/04/16 (Mon) 22:53
 京阪電鉄では、昨年秋に運転して好評だった京橋~七条間ノンストップ特急を今年の春にも運転することとし、愛称を一般公募していましたが、それが「洛楽(らくらく)」と決定し、3月24日~6月3日の土休祝日に運転されています。種別は前回と同じく「臨時快速特急」となっています。
京橋(2012.4.7)

 使用車両は引き続き8000系で、淀屋橋10:06・10:36発出町柳行きの片道2本となっています。
京橋~野江間(2012.4.7)

 今回からは、ヘッドマークのデザインが変更されたのは当然としても、助士側の窓にも内側から「ノンストップ 京橋―七条」のプレートが掛けられるようになりました。駅では枚方市などには停車しない旨を繰り返し放送しているのですが、誤乗する人が多かったのでしょうか。
(2012.4.7)

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465:阪堺線全線開通100周年

2012/04/03 (Tue) 13:04
 阪堺電車では4月1日に、阪堺線が全線開業から100周年を迎え、記念行事が行われました。
 南海浜寺公園駅前では「阪堺線100周年記念縁日」が開かれ、ここで先行発売される記念乗車券に長蛇の列ができていました。また、浜寺駅前電停前では記念セレモニーが行われました。

 セレモニーで挨拶する阪堺電気軌道の山本社長。続いて、堺市の竹山市長が挨拶に立ち、「来年には阪堺線にLRVも導入される。堺市は全面的にバックアップするが、同じ沿線の大阪市にも働きかけなければならない。皆で声をあげましょう」と威勢のいいことを言っていました。阪堺線にそこまで力を入れるなら、なぜ堺市の東西連絡軌道計画を中止させたんだろうと思います。単なる選挙対策だったのでしょうが、筋が通らない話です。竹山市長と"絶縁"した橋下市長のいる大阪市が、どう応えるのかも見ものです。
浜寺駅前(2012.4.1)

 郵便局から山本社長に、阪堺線100周年記念切手が贈呈されました。
浜寺駅前(2012.4.1)

 続いて山本社長から竹山市長に、記念乗車券の贈呈式が行われました。
浜寺駅前(2012.4.1)

 セレモニーの後、モ161使用の記念電車出発式が行われ、地元選出の森山衆議院議員、山本社長、竹山市長らにより、テープカットが行われました。見ての通り狭い場所で行われたため、周囲は大変な混みようでしたが、浜寺駅前は折り返し線が1線しかないため、定期電車は手前の臨時降車ホームで乗降を行った後、係員の誘導によりモ161の手前でスイッチバックをして発車していきました。
浜寺駅前(2012.4.1)

 モ161には、正面と側面に記念ステッカーが貼られていました。
(2012.4.1)

(2012.4.1)

 この後、記念電車が我孫子道に向けて出発していきました。
浜寺駅前~船尾間(2012.4.1)

 モ161は引き続き、午後に「未来へつなごう!堺チン電の会」による貸切の形で乗車会が行われました。事前申込み制で乗車もできます。ステッカー類はそのままで、上の記念電車で使用された方向幕には蓋がされて、方向板が使用されました。
綾ノ町(2012.4.1)

 乗車会用のイベント電車は、我孫子道~浜寺駅前間で2往復運転されました。
大小路(2012.4.1)

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468:JR「ありがとう113系阪和色号」など

2012/04/02 (Mon) 22:48
 3月31日・4月1日に、「ありがとう113系阪和色号」が天王寺~周参見間で運転されました。
 これはJRではなく、日本旅行のツアー旅行企画として運転されたものですが、近所を走るということで、4月1日の分を撮影に行ってきました。
 使用されたのは113系G403編成です。日根野から天王寺への送り込み回送は朝7時前と、前日の深夜に長野から帰ってきたばかりの私には辛い時刻でしたが、何とか起きていくと、いつもは誰もいないこの撮影場所に既に先客が4人ほどいました。方向幕は「回送」ではなく、本番の幕を出しっぱなしでした。
津久野~上野芝間(2012.4.1)

 周参見行きは晴れると撮影場所がかなり限られます。大和川鉄橋や上野芝駅程度しか思いつかないのですが、曇っていたのでどこでもOKになりました。この後、天王寺に戻ってくるのは夜になり、紀勢本線まで追いかけるつもりもない私はこれで満足してお開きにしました。
上野芝(2012.4.1)

 早くに出かけたので時間はあります。ついでに、3月17日からデビューした287系「くろしお」を撮影に行きました。287系自体は既に「こうのとり」などでも運用されていますが、正面は当然、全く同じなので、側面を判るように撮らないと、「くろしお」かどうか判りません。
弁天町~大正間(2012.4.1)

 さらに時間が余ったついでに、この日に南海電鉄で孝子~紀ノ川間に開業した和歌山大学前駅の記念ヘッドマーク付き9000系も撮影。4月1日~5月7日に、2編成に掲出されています。 
新今宮(2012.4.1)

 和歌山大学の学生がデザインしたというこのデザイン、鉄道ファンの手になるものではないにも関らず電車のイラストが精巧で、これなら口うるさいマニアも黙るでしょう(笑)。
(2012.4.1)

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467:さようなら長野電鉄屋代線

2012/04/01 (Sun) 23:32
 そしていよいよ迎えた3月31日、屋代線の最終日はひどい雨模様でしたが、朝からどの電車も混雑していました。
須坂(2012.3.31)

 屋代線で運用される編成(3500系O2・O6と3600系L2)には、正面に横断幕が取り付けられています。L2については、屋代線に入る前に須坂~長野間を1往復運転され、それはそれで撮影してみたい気もしましたが、屋代線の運転本数を考えると、諦めざるを得ませんでした。
須坂(2012.3.31)

 O6編成の須坂側は、歴代車両をデザインした幕でした。
金井山~大室間(2012.3.31)

 さすがに普段の運転本数では押し寄せるお名残乗車客をさばききれないため、10~15時の間に各駅停車3往復、須坂~松代間で急行1往復が増発されました。
 須坂発松代行き臨時急行(途中駅ノンストップ)には「ゆけむり」1002Fが使用されました。「ゆけむり」は撮影会等で屋代線を走ったことがありますが、この際は回送扱いだったため、営業運転はこれが最初、そして最後になります。
大室~金井山間(2012.3.31)

 3500系O2編成は前後とも、今はなき1500形をデザインした幕でした。1500形が廃車されたのは1993(平成5)年のことで、もう20年近くが経とうとしていますが、屋代線関連のグッズやポスター等には1500形が登場しているものも多く、未だに印象が強いのかなぁと思いました。
大室~信濃川田間(2012.3.31)

 この日の定期列車のスジには3600系L2編成が使用されていました。これも幕は前後はデザインが異なり、屋代側は小さいですが2000系D編成が描かれています。反対側は、このデザインから2000系を取ったものでした。
大室~金井山間(2012.3.31)

 臨時急行「ゆけむり」は日中、松代駅で休憩所として留置されていました。この頃が最も雨がひどく、そんな中でも駅横に設けられた記念乗車券やグッズの特設売り場には長蛇の列ができていました。私も並んでいましたが、はっきり言って長電の段取りがいいとは言えず、1時間並んでも行列がほとんど進まない有様で、横なぐりの雨に靴どころかズボンまでがずぶ濡れになる有様。並ぶのを断念しました。結局、友人グレープさんの車で権堂駅に行くと、ほしかった記念乗車券は行列もなくあっさり買えてしまいました。雨に濡れてまで並んでいたのは何だったのだろうと思います。ついでに昼食を食べてから松代駅に戻ると、行列はかなり収まっていましたが、4時間並んだという人や、長電の係員に苦情を言う人が見受けられました。今回は苦情を言いたくなる気持ちもよく解ります。
松代(2012.3.31)

 O6編成の屋代側は、オーソドックスなデザインでした。
信濃川田~大室間(2012.3.31)

 雨や松代駅での行列で、撮影回数が限られてしまいましたが、この写真をもって、屋代線とはお別れとなりました。
綿内~若穂間(2012.3.31)

 沿線各駅の中でも、駅舎が残る綿内、信濃川田では地元が独自に「ファイナルイベント」を行っていましたが、雨がひどかったせいか途中で打ち切ってしまったようで、私達が行った頃には店じまいの最中でした。
綿内(2012.3.30)

 腹立たしいことに、夕方になって雨もやみ、晴れだしてきました。とはいえ帰りの「しなの」の時刻もあるので、引き揚げないといけません。須坂では、屋代線終電後に須坂~屋代間で1往復運転される「屋代線ファイナルツアー」に使用される2000系D編成がスタンバイしていました。ヘッドマークは25日と同じ「感謝」でした。
須坂(2012.3.31)

 鉄道が廃止になるのは哀しいことですが、実際のところ、現在の屋代線は人の流れに合っておらず、このまま存続させても決して状況は好転しなかったと思います。信濃川田や綿内周辺から車で千曲川を越えると、長野市内まで20分程度で行けてしまいます。松代からも長野駅直通のバスが30分間隔で運転されているのを見ると、わざわざ須坂経由で時間のかかる電車に乗る人がどれだけいたのか疑問です。
 とはいえ、90年にわたり使命を果たしてきたのは間違いなく、「お疲れ様でした」の一言に尽きます。

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466:長野電鉄2000系 最後の営業運転

2012/04/01 (Sun) 22:15
 引き続き、長野電鉄です。

 2000系D編成もいよいよ3月末で屋代線とともに引退ということで、3月最終週は連日運転されます。
 まず、27・29・30日は定期列車に充当、26日は「はとバス」主催のツアーに使用、28日も貸切に使用されるそうです。31日は屋代線で最終列車の後に「屋代線ファイナルツアー」で使用されて終わりとなりますが、最後の営業運転となる30日に再び訪ねてきました。

 いつものことですが、今回の運転も長野線須坂~長野間の運転がメインとなります。
 驚いたのはヘッドマークが頻繁に替えられたことで、しかも前後でデザインが異なるため、撮影のたびに気が抜けませんでした。
 1本目となる208レ・209レの長野側はA・D両編成の並びデザインでした。これはかなりいい図柄です。
桐原~本郷間(2012.3.30)

 須坂側は何だろうと思ってみると、「アッポウ」なる謎のキャラクターが…。頭はりんご、胴体は2000系の正面、手足は2000系の側面でしたが、はっきりいって、かわいくなかったです。
柳原~村山間(2012.3.30)

 210レからは長野側が屋代駅に停車する2000系に猿が乗るところのデザインに変わりました。なぜ屋代と分かるかというと、ホームの柱に「やしろ」としっかり書いてあるからです。
附属中学前~朝陽間(2012.3.30)

 午後になり、214レからは長野方が「ありがとう2000系」に変わりました。歴代塗色4種類を並べたもので、シンプルですが、これくらいのデザインが分かりやすくて好感が持てます。
須坂~日野間(2012.3.30)

 運転も終わり近くなって、長野~信州中野間を1往復し、これがハイライトとなります。信州中野方のデザインはこのようになっていました。
延徳~信州中野間(2012.3.30)

 結局、このマークのまま、運用は終りました。一般乗客を乗せての運転は、これが最後となりました。
柳原~村山間(2012.3.30)

 まるでヘッドマークコンテストの感がありましたが、聞いた話ではマークのデザインを社内公募したそうで、それでこれだけ集まったということは、長電が2000系にどれだけ愛着を持っているかがよく分かります。幸いにもD編成と、須坂に留置中のA編成の両方とも保存予定があるそうで、引退は非常に残念ですが、その姿を引き続き見られることになって一安心です。

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