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449:阪堺モ161貸切運転(近畿車両171保存会)

2012/01/31 (Tue) 00:15
 毎年恒例の近畿車輛「171保存会」の新年会貸切電車が、今年も1月29日に運転されました。
 運転区間は昨年と同じですが、今回は使用車両が例年のモ172から、今や人気沸騰のモ161に変わりました。恐らく、会員でも「モ161に乗ってみたい」という人が多かったのでしょう。
住吉(2012.1.29)

 いつもは大型のヘッドマークを付けることで、徐々に注目を集めているようですが、今年は趣向を変えて(モ161を派手に飾り立てると雰囲気がぶち壊しになるということもあるのでしょうが)平野線をイメージしたような小形円板が取り付けられました。
阿倍野~松虫間(2012.1.29)

 モ161を待っている合間に来たモ602が新しい広告電車「黄金糖」になっていました。フランス国旗と同じ色合いで、いやでも目立つので、つい撮影してしまいました。 
阿倍野~松虫間(2012.1.29)

 円板は1枚だけのようで、「貸切」と「廻送」で表裏になっています。このため、反対側には阪堺でかつて使われていた標識板が掲出されました。このブログでも何度かモ161を登場していますが、レトロ復元の際に阪堺で用意された「貸切」板に比べて古ぼけているので、恐らく会員の方が持ち込んだ物だと思われます。
綾ノ町~高須神社間(2012.1.29)

 我孫子道での休憩の後、ラストスパートで恵美須町に向かうモ161。天気は生憎の曇りで露出がなく困らされますが、晴れればどこで撮影しても逆光なので、光線状態の心配がないことだけが救いです。
北天下茶屋~松田町間(2012.1.29)

 恵美須町で参加者を降ろして我孫子道車庫に戻るモ161。去年は「貸切」のままで運転されて喜んでいましたが、「廻送」板もあることから、今年はきちんと回送表示にされていました。
東玉出~塚西間(2012.1.29)
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テーマ : 鉄道 - ジャンル : 趣味・実用


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448:岳南鉄道の貨物列車

2012/01/26 (Thu) 23:04
 「私鉄貨物御三家」の一角が、崩れようとしています。
 JR貨物が東海道線富士駅の貨物ヤード拡張の代わりに、今年3月限りで吉原駅の貨物取扱いと接続する岳南鉄道との連絡運輸を休止することを決めました。つまり、岳南鉄道では貨物列車の運行ができなくなるわけです。加えて、岳南貨物の得意先だった製紙工場も、吉原の日本製紙鈴川工場が全設備の操業停止、比奈の日本大昭和板紙吉永工場が規模縮小と悪条件が重なり、遂に岳南では貨物列車を3月末をもって休止することになりました。

 私の岳南鉄道訪問は、初乗車以外では3回ありますが、2回はイベント、1回は貨物列車(休止が取り沙汰されるよりも前のことです)狙いでした。その1回は土曜日ということもあって、貨物はほとんど運休になったというオチが付きます。「葬式鉄ちゃん」と言われようとも、ここで撮っておかないと後で後悔するのは確実なので、今度は月曜日に休暇を取って訪問しました。

 吉原駅の時間に取り残されたような佇まいは癒されますが、活発な静岡鉄道の後に来ると、やはりうら寂しい感じが拭えません。単行の7000形でも、車内はガラガラです。
吉原(2012.1.23)

 貨物列車は午前中に2往復が設定されています。吉原発は通常、701レ(吉原09:37→比奈09:53)と
703レ(吉原11:14→比奈11:30)のいずれかが運転されるそうで、静岡で朝を過ごすと701レでは間に合いませんが、この日は703レが運転されたので定番のジャトコ前で撮影しました。今どき、ワムがこれだけ連なってくる貨物列車も珍しいです。普段、私は貨物列車を見る機会が少ないのですが、コキやタンク車ばかりを見てきた目にはかえって新鮮に映りました。
吉原~ジャトコ前間(2012.1.23)

 ジヤトコ前から電車で貨物取扱い駅の比奈へ行くと、離合する吉原行き電車に操車係員が4人乗車しているのが見えました。これは一つ手前の岳南原田で入換作業があるという意味です。大慌てで私も吉原行きに乗り移り、岳南原田で降りると、作業員が側線への通電スイッチを操作し始めました。
岳南原田(2012.1.23)

 私が着いて10分もしないうちに、比奈から古豪ED501がコキを2両牽いてやってきました。これは入換の一つなのですが、これだけでも私鉄の本線貨物列車らしく、いい感じです。岳南にはED402・403・501と3両の電気機関車があり(もう1両、ED291がいますが、現在休車中です)、本線貨物1両、入換1両の体制で、本線はED402・403専属ですが、入換はED501が専用というわけではなく、ED402・403が使用されることもあるので、この日は幸運でした。
岳南原田(2012.1.23)

 ED501は駅横の側線にスイッチバックで入り、貨物倉庫ホームに停車していたコキ2両を連結し、再び吉原方へ移動します。
岳南原田(2012.1.23)

 吉原方から岳南原田駅へ推進運転を始めたかと思うと、コキの2両目と3両目の間が切り離され、先に側線に停まっていた2両が惰性でホームへ入ってきました。このコキには係員が乗っていて、ホームの中ほどでブレーキをかけて停まります。これが日本では今や岳南でしか行われていない「突放」です。
岳南原田(2012.1.23)

 コキ2両切り離しの直後にポイントがすばやく切り替えられ、残る2両(ED501が比奈から牽引してきたもの)も側線へ突放されました。これも倉庫ホームできっちりと停まります。
岳南原田(2012.1.23)

 ED501は空いた本線を通り、機回しされてホームのコキ2両に連結されます。これで入換は完了です。この間わずか10分程度、あまりの鮮やかな作業に夢中でシャッターを切っていましたが、今思うと動画の準備をしてきたらよかったと後悔しています。
岳南原田(2012.1.23)

 比奈へ戻っていくED501+コキ2両。突放作業を見るのはこれが初めてだったのですが、見ていてあまりの楽しさに、早くも腹一杯という状態です。
岳南原田(2012.1.23)

 本物の腹の方も一杯にするべく、岳南原田駅にある人気うどん・そば店「めん次郎」で昼食の後、次の電車で比奈に行くと、この日動いている車両が勢揃いしていました。
比奈(2012.1.23)

 比奈は貨物取扱いの中心駅なので、ヤードにはワムが大量に留置されており、駅には私を含めて鉄道ファンが10人ばかり集まっていました。思っていたより人出が少ないと思っていましたが、目の前でED501が構内の側線で貨車も牽かずに行ったりきたりを始めました。これは「気まぐれ機関車乗車体験」というイベントで、平日に限り、貨車の入換の合間に電気機関車の運転台に乗せてもらえます(さすがに運転はさせてもらえませんが)。料金は1回1,500円(記念品が付くそうです)、見ていると、駅から結構離れたところまで走っていくので、好きな人にはたまらないのではないでしょうか。「気まぐれ」の名の通り、決まった時間にするわけではなく、入換のないときに比奈駅に申し込むか、係員に声をかけられるかで始まるそうです。
 これも、その日の入換担当の機関車で行われるので、ED501に当たるかどうかは運次第です。 
比奈(2012.1.23)

 乗車体験が終わり、入換が始まりました。今年で84歳になるED501(1928年川崎造船所製で上田→名鉄→岳南と渡り歩いた)はくたびれた様子もなく、貨車を次々と引き出していきます。
比奈(2012.1.23)

 ここでも突放。この日の貨物には、コキは連結されないようです。
比奈(2012.1.23)

 ワムを大量につないだED501はこの後、岳南富士岡方に走って行き、その後を本線担当のED402が追いかけます。ED402を吉原方に連結し、ED501が切り離されると、次の貨物列車が組成完了となります。
比奈(2012.1.23)

 その704レ(比奈13:03→吉原13:19)は、再びジヤトコ前で撮影しました。この場所は長大編成も撮れる有名撮影地で、晴れれば背後に富士山も入るのですが、富士山は雲に囲まれて裾の部分すら見えず、しかもあろうことか704レの来る直前になって曇りを通り越して雨が降る始末。天気はどうしようもできないのですが、この12分後に来る電車では再び晴れていました。一瞬、私を恨んでいそうな数人の顔が浮かびましたが、ED501の入換まではよく晴れていたので、相当な雨男が704レだけ撮影に来ていたということにします。
ジヤトコ前~吉原間(2012.1.23)

 次の貨物列車までに、岳南富士岡の車庫を見に行きました。日本大昭和板紙の広告塗装になっているED403と、休車中のED291が仲良く休んでいました。 
岳南富士岡(2012.1.23)

 705レ(吉原14:04→比奈14:20)はコキ1両だけでした。土曜日に来ると、運休でなくてもこういう編成または単機になることが多々あります。
比奈(2012.1.23)

 再びジヤトコ前へ。この日だけで3回来ていますが、撮影地は駅のすぐ近くではないので、荷物をかついで駅から3往復するのは結構疲れました。
 貨物列車の前に来た7001。吉原側にのみ、「2月24日は富士山の日」ヘッドマークが付いていました。「富士山の日」というものがあることを、初めて知りました。
吉原~ジヤトコ前間(2012.1.23)

 706レ(比奈15:01→吉原15:17)で、ようやく思っていたような写真が撮影できました。
ジヤトコ前~吉原間(2012.1.23)

 時間があるので、終点の岳南江尾まで行ってみると、8000形が留置されていました。実は先ほど岳南富士岡に行ったのはこの8000形を見るためだったのですが、結局ここまで来ることになりました。8000形は昨年末頃に全検出場したようで下回りも非常に綺麗になっていましたが、緑色が前に比べると濃いというか、エメラルドグリーンのような色に変更されていました。
岳南江尾(2012.1.23)

 今日はこのくらいにして吉原に戻ってくると、東海道線のダイヤが大幅に乱れており、静岡方面への列車がいつまで経っても来ません。その間に、撮るつもりのなかった708レ(比奈16:04→吉原16:20)が到着して入換を始めました。
吉原(2012.1.23)

 東海道線を待っている間に、708レの後続の電車までが到着し、これなら708レを撮影してからでも十分間に合ったのにと思いましたが、今となっては後の祭りです。
吉原(2012.1.23)

 営業収入の4分の1を占めると言われる貨物輸送(それでも全盛期の約6%まで落ち込んでいるそうです)がなくなると、岳南鉄道は路線そのものの存続が厳しくなるのは明らかです。地元の富士市が支援する意向だそうですが、よほどのてこ入れをしない限り、悲観的な状況に変わりはないでしょう。
 そんな状況でも、岳南は比奈駅で貨物列車の時刻を聞いても今のところは親切に教えてくれますし、「機関車まつり」や「気まぐれ機関車乗車体験」のようなイベントもあるので、鉄道ファンとしては応援したくなります。何とか頑張ってほしいと思います。

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447:静岡鉄道の朝ラッシュ時

2012/01/26 (Thu) 00:55
 静岡鉄道静岡清水線では、昨年10月1日に大規模なダイヤ改正が行われました。日中は新静岡~新清水間の各駅停車の所要時間を20分から21分にする「ゆとりダイヤ」ですが、それでも6~7分ヘッドでの運転という「攻めの姿勢」はそのままで、心強いです。
 それ以上にこの改正での目玉となったのは、平成8(1996)年以来16年ぶりに急行運転が復活したことと、静岡方の急行通過駅を補完するため、新静岡~県総合運動場間の区間運転列車が新しく設定されたことでしょう。全区間がJRと並走する条件で、ますます気を吐いている静岡鉄道を見てきました。

 まずは新設された新静岡発県総合運動場行き普通です。7時前から8時過ぎまで約12分ヘッドで運転されます。このダイヤ改正にあわせて1000系は方向幕が新デザインに替えられ、区間運転の普通は白幕となりました。
日吉町~音羽町間(2012.1.23)

 新清水発新静岡行きの急行は「通勤急行」という種別で、6~8時台に12分ヘッドで運転され、停車駅は桜橋~草薙間の各駅と古庄、日吉町です。通過駅ではミュージックホーンを鳴らしながらやって来ます。見れば結構混んでいて好評なようですが、新静岡に近づくと前の列車が立て込んでいるのか、ノロノロ運転になっていました。
音羽町(2012.1.23)

 県総合運動場行きに続いてやって来る新清水行きの「急行」。通勤急行とは停車駅が異なり、県総合運動場と草薙~桜橋間の各駅に停まります。こちらはあまり本数が多くなく、6~8時台に9本設定されています。最初の1本を除く列車は、県総合運動場で先行の普通に追いつき、緩急接続が行われます。
日吉町~音羽町間(2012.1.23)

 見ていると、通勤急行で来た編成がそのまま新静岡から急行となって帰ってくるという運用パターンになっていました。前に運転された臨時急行「セノバ号」と同じく「急」円板が付いていますが、こちらは赤色なので、より優等列車らしくなっています。
日吉町~音羽町間(2012.1.23)

 見ていると、「普通」の方向幕が「新静岡-新清水」の出しっ放しにできるものと「新静岡」「新清水」と単独で表示できるものの2種類がありました。運用によって使い分けているのでしょうか。
音羽町~日吉町間(2012.1.23)

 7時過ぎから撮影を開始しましたが、8時をまわれば太陽も昇り、建物の影が目立つようになるので場所を移動します。
音羽町~春日町間(2012.1.23)

 急行の運転が終わり、ラッシュ時が過ぎた頃に運転される新静岡発柚木行き。入庫を兼ねた運転で、車庫の所在地は長沼ですが、長沼駅から車庫に入るには側線をスイッチバックしないといけないため、一駅手前の柚木止まりにして長沼駅を通らずに車庫に入れるようにしています。よく見ると、方向幕で「普通」の部分が青で枠に囲まれています(夜に運転される新清水発長沼行きも同じです)が、上の画像の「普通 県総合運動場」は「普通」が枠なしです。結構芸が細かいです。
春日町~柚木間(2012.1.23)

 1000系の方向幕はダイヤ改正の際に取り替えられたのですが、通勤急行や臨時急行等の他に、洪水や事故の際に渡り線のある途中駅で折り返せるよう、「新静岡-桜橋」(実際に渡り線があるのは一つ先の入江岡で、配線の関係で桜橋~入江岡間は回送となります)「新静岡-狐ヶ崎」「春日町」といったコマが増やされました。これらの行先は見ない方がいいのですが、最近の静岡鉄道は趣味的に見ても興味深くなってきました。

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446:西武「レッドアロークラシック」

2012/01/24 (Tue) 23:26
 このブログでは初登場となる西武鉄道です。
 「ニューレッドアロー」10000系のうち、10105Fを先代「レッドアロー」5000系と同じ色に塗り替え、「レッドアロークラシック」として昨年11月27日から登場させています。思い返すと、西武鉄道はこれまでに乗車が3回、まともな撮影はしたことがなかったので、こういう話題のあるうちに行っておこうと出かけました。
 10000系は池袋・秩父線と新宿線のどちらでも運用されています。「レッドアロークラシック」も固定運用ではないのですが、恐らく池袋~西武秩父間の「ちちぶ」だろうと当たりを付け、前日の晩に池袋駅で翌日の運用を聞いたところ、「明日の朝にならないと分からない」とのこと。悪い予感がしましたが、翌朝に西武鉄道お客さまセンターに電話してみると、やはり「ちちぶ」での運転で、時刻も教えてもらえました。
富士見台~中村橋間(2012.1.22)

 正面窓下の黒い部分にも、5000系にあった飾り模様が再現されるなど、なかなか力が入れられています。
池袋(2012.1.22)

 1編成だけなので、目にする確率は低いはずですが、それだけに注目度は高いようで、沿線のめぼしい撮影地にはカメラを構えている人がちらほらと見受けられました。こうやって見ると、正面はともかく側面は5000系そっくりです。
小手指~西所沢間(2012.1.22)

 折角なので、同じ日に撮影できた他の電車の画像も。
 10000系10107F「☆のある町 秩父・長瀞号」、昨年7月19日から運転されており、長瀞が「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」に掲載されたことを記念したラッピング車両とのことです。この画像では分かりにくいですが、側面の窓周りに「グリーンガイド」と同じ緑色で囲まれています。
西所沢(2012.1.22)

 ラッピングといえばもう一つ、3000系3011Fが平成21(2009)年5月1日から「銀河鉄道999」のラッピング電車になっているのも撮影できました。これは見れたらいいなぁと思っていたのでよかったです。
石神井公園(2012.1.22)

 作者の松本零士先生が西武沿線在住という縁で実現したもので、アングルを変えて色々撮影したかったのですが、この後、保谷駅の留置線に入ってしまい、見られたのはこれきりになってしまいました。
石神井公園(2012.1.22)

 20000系には「ゆるり散歩 花と寺社めぐりスタンプラリー」のPRヘッドマークが付いていました。
富士見台~中村橋間(2012.1.22)

 初めて見た30000系「スマイルトレイン」。車両デザイン作成にあたっては西武鉄道の女性社員の意見も取り入れたと評判になっていましたが、実物を見ると西武というよりは、韓国の地下鉄電車みたいです(これはいい意味のつもりです)。
練馬高野台~富士見台間(2012.1.22)

 私は西武といえばこの電車のイメージが強いですが、9000系の貫通扉にはVVVF車で省エネをアピールするステッカーが貼られていました。
西所沢(2012.1.22)

 東京メトロ有楽町・副都心線乗り入れ用6000系。西武線内で見る「渋谷」という行き先に、どうしても違和感を感じてしまいます。
小手指~西所沢間(2012.1.22)

 「レッドアロークラシック」は、一度秩父へ行ってしまうと戻ってくるまでに1時間半ほどかかります。この間に、狭山線・山口線・多摩湖線を乗りつぶししてきました。西所沢から所沢まで、一筆書きで乗ってみましたが、西武の運賃の安さには驚きました。新交通システムになった山口線、これが「おとぎ電車」とSLが走っていた当時のままだったら、今は通いつめていたことでしょう。
西武球場前(2012.1.22)

 東京の方には面白くもない画像の羅列ですが、関西人には結構新鮮だったということで、ご寛恕下さい。

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445:長野電鉄2000系七味板

2012/01/24 (Tue) 00:05
 長野市にある七味唐辛子の老舗「根元 八幡屋礒五郎」では、2006(平成18)年から毎年、「イヤー缶」として特別な図柄の缶を発売していますが、今年は「電車缶」として長野電鉄2000系が採り上げられました。長電の主要駅でも購入できるこの七味のPRを兼ねて、1月14日から2000系のヘッドマークが七味缶の図柄のものに替えられました。
 早速、七味唐辛子の購入も兼ねて長野を訪ねました。
附属中学前~朝陽間(2012.1.21)

 マークは前後でデザインが異なります。長野側(2008)が円板で、通常付けているマークの鹿の絵の部分が八幡屋礒五郎の通常バージョン缶のデザインと同じものになり、上部に書いてあった"SHIGA KOGEN"が"YAWATAYA ISOGORO"になっています。これが意外に違和感がありません。
 一方、須坂側(2007)は長方形の角板で、「電車缶」と同じ2000系のイラストです。
柳原~村山間(2012.1.21)

 「電車缶」を見て頂くとよく分かりますが、このイラストの2000系は、パンタグラフの集電舟が唐辛子になっているのがミソです。小さくですが引退したA編成も登場するのが泣かせます。円板のアップも撮りたかったのですが、機会を逸してしまったのが心残りです。
(2012.1.21)

 いつもは指定日に須坂~長野間を1往復するだけになってしまった2000系ですが、私達が行った1月21日はこの後、屋代線を臨時急行として走ります。当然撮影に行くわけですが、七味マークはそのままでした。
雨宮~東屋代間(2012.1.21)

 この日はしなの鉄道でイベントがあり、2000系はそのゲストとして運転されました。屋代駅では引退する169系S54編成が記念マークを付けて展示されていました。
屋代(2012.1.21)

 上の反対側は「がんばろう日本」でした。
屋代(2012.1.21)

 そしてもはやお約束になった169系湘南色S52編成と2000系との並び。晴れていれば順光になる位置ながら、あいにく小雪がぱらついていました。この後、行先や板を色々と変えたのですが、私はこの並びを撮るのは初めてではないので、七味板を中心に撮るだけにしました。
屋代(2012.1.21)

 と、いうのも、会場がとんでもない混雑だったからで、後でテレビニュースで見たところでは約500人が押し寄せてきたそうです。屋代駅では入場券購入の乗客が窓口に殺到したため、券売機で隣の駅までの乗車券を入場券代わりに購入するよう呼びかけていました。長電のホームでは長電としな鉄に加えて、上田電鉄と松本電鉄のグッズ販売(最近はこの4社共同で行われることが多くなりました)も行われ、しな鉄では限定の駅弁が発売されたので、跨線橋の上まで長蛇の列ができていました。
屋代(2012.1.21)

 早めに屋代駅を出て、折り返し須坂行きの2000系を撮影に行きました。この日はしなの鉄道169系S52編成も屋代~軽井沢~戸倉間で運転されるのですが、特に装飾が行われるわけでもないので2000系に専念することにしました。屋代線では、屋代側に七味板が付けられましたが、須坂側は屋代行きが板なし、須坂行きは通常の鹿マークでした。
岩野~象山口間(2012.1.21)

 須坂に戻った後、もう一度臨時急行として須坂~松代間を1往復しました。上の須坂行きから、七味板がイラストの角板に変わっています。
金井山~松代間(2012.1.21)

 今日はやはり七味板がメインなので、最後の須坂行きは後追いで撮影し、お開きにしました。このままの状態で須坂に戻ると、円板と角板で取り付け位置が逆になりますが、その後元通りに戻したのか、次回運転以降も逆のままなのか、気になるところです。
信濃川田~若穂間(2012.1.21)

 今回の運転は、しなの鉄道のイベント長野電鉄のホームページには一切告知されず(駅でポスターが貼られた程度)、なぜかしなの鉄道のホームページでのみ発表されるという奇妙な状態でしたが、それでも今までの長電訪問で恐らく最大の人出だったので、2000系の引退と屋代線の廃止も間近に迫ってきたことを嫌でも実感させられました。

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443:台湾火車道楽⑥慶祝烏樹林糖廠観光列車10周年

2012/01/18 (Wed) 00:38
 蒜頭糖廠訪問の翌日、友人犀牛王さんと一緒に虎尾糖廠へ向かいました。
 ここは台湾で現在唯一、トロッコでサトウキビを運搬している工場で、今年も11~3月の間、午前中を中心に3~5本程度の列車が運転されています。
 この日(12月31日)は天気が悪く、初めて行く場所でもないので、今回は高鐵との交差部分で高鐵700T系とサトウキビ列車の顔合わせをメインに狙いましたがことごとくタイミングが合わず、3年連続で失敗してしまいました…。
虎尾糖廠(2011.12.31)

 不完全燃焼で虎尾を後にし、再びGP7500さん達と合流して烏樹林糖廠へ向かいます。ここは観光用トロッコ列車の中では最も有名なところで、機関車もスタンバイ中でした。
烏樹林糖廠(2011.12.31)

 上の画像で右側に写っている954号は「金馬牌」というアメリカ製DLで、烏樹林に4両だけが納入された非常に貴重な車両です。正面に金色の馬のレリーフが付いていますが、これは観光列車として使用されるようになってから付けられたもので、最初からあったわけではありません。
 今日はこれが出動します。
烏樹林糖廠(2011.12.31)

 上の画像で付いていたヘッドマークは、台湾側の参加者の方が作成されたもので、今年(2011年)は烏樹林糖廠で観光トロッコ列車が運転を開始して10周年にあたります。私はこれを見て初めて知ったのですが、今日は皆で10周年を祝おうという集まりだったのでした。
 それにしても、台湾の人はこういうマークやグッズなどの記念品をデザインさせると、本当にセンスがいいといつも思います。このマークも「自宅のプリンターで印刷してボール紙に貼り付けたのをカッターで切り抜いた」そうで、DLには紐でくくりつけてあります。日本なら安全云々でなかなか自作ヘッドマークの取り付けが許可されませんが、トロッコとはいえOKしてくれる台湾の大らかさが嬉しくなります。 
烏樹林糖廠(2011.12.31)

 烏樹林では2003年からSLの復活運転も行われています。そのSL370号は、この日は運転がなく、車庫で昼寝していました。少し残念なのは、370号は動力が石炭ではなく重油焚きなことで、走り出すとSLのブラストよりもバッテリー発電機の音の方がよく響きます。渓湖糖廠でもSL346号が運転されていますが、こちらが石炭焚きなだけに実に惜しいです。
烏樹林糖廠(2011.12.31)

 「金馬牌」が客車を連結して烏樹林駅に入線してきます。客車といっても、この2両は本来はディーゼルカーで、各地の糖廠で旅客輸送(以前は各地で行われていました)に使用された後、烏樹林に引き取られ、整備されました。手前の「勝利号」(1949年日立製)は自走可能です。2両目の「成功号」も各地を転々とした後、スクラップ状態になっていたのを昨年(2011年)4月に烏樹林糖廠が引取り整備したもので、今回は車体は綺麗になったものの自走はできず、こちらは本当に客車代用となっています。
烏樹林糖廠(2011.12.31)

 烏樹林糖廠は鉄道関係の展示に力を入れており、各地の工場から集められた巡道車や保線用車両など個性的な顔ぶれが構内に留置され、解説板も整備されていました。これらのほとんどが可動状態(動く機会は少ないですが)なのには驚きます。構内の外れには阿里山鉄道の客車まで置かれていますが、朽ち初めているのが気になりました。
烏樹林糖廠(2011.12.31)

 発車が15時20分なので、それまで思い思いに撮影する日台双方の鉄道ファン。言葉が通じなくても、鉄道の話題であればボディランゲージで何とかなってしまうのが恐ろしいです(笑)
烏樹林糖廠(2011.12.31)

 発車前に、烏樹林駅の林駅長(鉄道が現役だった当時からの駅長)や運転士さんやスタッフの方々と記念撮影。
烏樹林糖廠(2011.12.31)

 私たちで貸切状態になった「成功号」の車内です。整備されたばかりとあって、非常に綺麗です。ここでもガイドさんが乗り込んで車両の由来や車窓から見える草木の説明などをしてくれますが、当然全て中国語です。
 「成功号」と「勝利号」の連結運転は、ちょうどこの日までだったそうで、しかも乗っている列車が最終便と、きわどいところで間に合いました。
烏樹林糖廠(2011.12.31)

 終点の新頂卑(正しくは土へんに卑です)駅で折り返し途中に機回しをする「金馬牌」。 
烏樹林糖廠(2011.12.31)

 「勝利号」と「成功号」(手前)だけの2連もなかなか絵になります。この2両は同じ車体だと思われがちですが、扉の配置(『成功号』は運転台の直後に扉があり、左右非対称になっています)や屋根上のベンチレーターの有無など、結構違いがあります。
烏樹林糖廠(2011.12.31)

 機回しが終わると、ヘッドマークも前後に付け替えます。連結してから発車までの時間が短いので、結構慌しい作業でした。 
烏樹林糖廠(2011.12.31)

 参加者のうち、Hさんたちは乗車せずに車で追いかけて撮影していたので、私も復路は車に便乗させてもらい、撮影することにしました。列車は全体的にスピードが遅く、距離は短くても自動車ならすぐに追い越せます。
 この何ともいえない雰囲気、模型にしたくなるような編成です。
烏樹林糖廠(2011.12.31)

 簡単にいうと、烏樹林糖廠の路線はラケット状になっており、復路は途中で分岐して往路と異なる場所を通ります。
烏樹林糖廠(2011.12.31)

 後追いでも撮影。私達も車内から撮られていました。
烏樹林糖廠(2011.12.31)

 駅手前の降車ホームで乗客を降ろし、烏樹林駅へ戻るところです。復路も乗車していた参加者の方々は、駅への入線を撮るべくダッシュしていました。それで間に合ってしまうので、この列車がどれくらいの速度かはお察し頂けると思います。
烏樹林糖廠(2011.12.31)

 駅に戻った列車は入換を行い、「勝利号」「成功号」は展示用の線路に戻されました。このままここで展示されるのかと思うと、再び動き始めました。 
烏樹林糖廠(2011.12.31)

 先に「勝利号」が機関庫の中に入れられている間、順番待ちの「成功号」でちょっとした撮影会になりました。この姿で走るところも見てみたかったですが、まだ自走できないので今日は形式写真の撮影だけで我慢です。
烏樹林糖廠(2011.12.31)

 機関庫に格納された「勝利号」と「成功号」。あたりが薄暗くなり始めたこともあって、ものすごくいい雰囲気になっていました。
烏樹林糖廠(2011.12.31)

 私の2011(平成23)年の「鉄納め」は、こうして充実した内容で終わりました。翌日つまり1月1日は午前便で帰国し、その足で阪堺電車に向かい、「鉄初め」となりました。いつになっても、やっていることは変わらないというわけです…。

 2日間にわたり、楽しい貸切を企画・実現して頂いたGP7500さんに、この場を借りて御礼申し上げます。
 

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442:台湾火車道楽⑤蒜頭糖廠の巡道車

2012/01/16 (Mon) 23:07
 台湾の製糖工場(糖廠)で今なお稼動しているのは数えるほどになりましたが、操業を停止した工場のうち6か所(烏樹林、渓湖、蒜頭、新営、高雄(橋頭)、南州)では、サトウキビ運搬用のトロッコ列車を観光用に整備して運転し、好評を博しています(南州は現在運転休止中)。
 そのうちの蒜頭糖廠で、12月30日に巡道車(モーターカー)を知人GP7500さんがチャーターされ、私も参加させて頂きました。

 発車地点の蒜頭駅で居並ぶトロッコ列車。軌間762mmが新幹線(1435mm)の半分ということで、台湾ではこの手の軽便鉄道のことを「五分車」といいます。客車はサトウキビ運搬用貨車を改造したものです。
蒜頭糖廠(2011.12.30)

 乗車できる線路の長さは各工場によって異なりますが、この蒜頭は蒜頭駅を挟んで場外へ出て行くのと工場内を周る線路があり、距離は長い方です。終点が片やスイッチバック、片や機回し線のない行き止まりなので、列車はプッシュプルで運転されています。工場内を周って蒜頭駅に戻る途中で正門の前を横切り、併用軌道のようになっていますが、ここで降車を行うこともあります。
蒜頭糖廠(2011.12.30)

 トロッコ列車の他にも怪しい車両が色々とあり、中には放置されているものもありますが、その中で一際目立つのが客車よりも車体の小さいモーターカーです。
蒜頭糖廠(2011.12.30)

 これは「巡道車」というもので、製糖会社の役員など幹部や訪問者がサトウキビ畑を視察に行く際に乗る車両です。他の糖廠にもいますが、それぞれ形状が異なり、どれも個性の強い外観なので非常に印象深い車両です。
 私たちの貸切の前に、欧米人の団体がこの巡道車に乗っていました。車内はかなり窮屈そうでした。
蒜頭糖廠(2011.12.30)

 いよいよ私たちの番です。運転士さんと周囲を監視する係員さんのツーメン体制で、まずは工場を出てすぐの小さい鉄橋に停めて、思い思いの構図で撮影します。
蒜頭糖廠(2011.12.30)

 そのうち、後から警笛が。後から発車してきたトロッコ列車が追いついてきてしまいました。一旦工場内に引き上げ、別の線路に移ってトロッコ列車を待避します。ポイントが全て手動なればこそできることです。
蒜頭糖廠(2011.12.30)

 後から来た列車は客車が1両だけで、折り返してきたときもこのまま逆走してきました。旅客が少ないからかこれも貸切なのかはよく分かりません。ただ、1両だけでもガイドさんが乗り込んで、大音響で五分車や砂糖についての解説をすることに変わりはありませんでした。
蒜頭糖廠(2011.12.30)

 撮影に適した場所に来ると、台湾側の参加者のHさんが運転士さんに停車するよう頼んでくれます。1本だけ咲いていた桜?の前でも停車。Hさんは相当前から「もう少し行ったところで停めて」と頼んでいましたが、沿線を知り尽くしていないとできないことです。
蒜頭糖廠(2011.12.30)

 
 ここが終点です。ここから1kmもしないところ(右の道路の突き当たり)に高鐵嘉義駅があり、蒜頭へ行くには嘉義駅からタクシーが便利で10分もかからず、時間があれば歩いてでも行ける距離です。ご覧のとおりこの先に障害物があるわけでもなく、この線路を嘉義駅まで伸ばしてくれたら訪問しやすくなるのに…と皆で言っていました。
蒜頭糖廠(2011.12.30)

 巡道車は小柄な車体ですが両運転台で、運転方法は自動車と同じ、つまりレールバスです。台湾の参加者の皆さんが「南部縦貫鉄道と一緒」と説明してくれました。台湾で南部縦貫の名前を聞くとは…。メーターがありませんでしたが、思ったよりもスピードが出ました。その分振動も激しくなりますが。
蒜頭糖廠(2011.12.30)

 工場構内に戻ると、またHさんから停車依頼が。トイレの真正面で、別に景色のいいところでもないのになぜ?と思うと、洗面台の鏡に巡道車の全体が映るので、面白い写真が撮れるとのことでした。もう脱帽です。
蒜頭糖廠(2011.12.30)

 工場といっても今では稼動しておらず、観光スポットになっているので、構内には木や芝生がたくさん植えられています。その中で停まると、台湾というより、何かの本で見た東欧あたりの森林鉄道を連想させる風景になります。
蒜頭糖廠(2011.12.30)

 もう片方の終点手前でスイッチバックして、工場も入れて1枚。
蒜頭糖廠(2011.12.30)

 大満足のうちに貸切は終わりました。GP7500さんによると、これだけの内容で貸切運賃は1,500元(約5,000円)だったそうで、要員手配の関係で前日までに現地へ言って申し込まないといけない以外は非常に手軽な貸切でした。幹事のGP7500さんや案内して頂いたHさん他、台湾の皆さんには感謝あるのみです。

 正門前に保存されているSL368号。これが復活でもしてくれたら、また蒜頭に行かなければならなくなります…。 
蒜頭糖廠(2011.12.30)

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440:台湾火車道楽④噂の福井食堂

2012/01/14 (Sat) 20:15
 DT668試運転撮影の後、同行のktkrさんが「福井食堂へ行く」ということで、私も前から行ってみたかったので、連れて行って頂くことにしました。途中で合流したGP7500さんたちと総勢5名で向かったのが社頭駅、ここから駅前通り(社斗路)を6~7分ほど歩くと、目指す「福井食堂」がありました。
 ここは台湾の鉄道ファンにも非常に有名な店で、見てのとおり看板は駅の駅名票と同じデザイン、入口も客車の扉をイメージしたものになっています。
 以前は向かいで営業されていたのですが、この12月24日から新店舗へ移転したものです。実は私も9月に一人で来たことがあるのですが、新店舗が建設中で旧店舗も営業しておらず、DT668ともども今回が再挑戦です。
(2011.12.30)

 営業は19時までですが、私たちが訪れた18時過ぎにはほとんどのメニューが売り切れになっており、入ってまもなく営業終了となりました。入ったときは座席が全て埋まり、営業終了後も何人かのお客さんが来ていたことからも分かりますが、ここの食事はおいしいと評判で、鉄道を抜きにしても人気店なのです。この手の店は見た目が奇抜でも、味は期待できないという思い込みが見事に払拭されます。
 この画像は他のお客さんが全員出てから撮影したものですが、旧型客車の椅子に壁に飾られた写真や模型など、これだけで鉄道ファンにはたまりません。カウンターの奥には社頭駅を発車するSLの壁画もあります。ちなみに、この画像の左奥に少し見えているのは小型しゃもじの陳列で、このしゃもじには鉄道ファンや外国人または芸能人のお客がサインをしています。私たちもしゃもじとペンを渡され、サインをさせてもらいました。
(2011.12.30)

 店が混んでいる間、店主の陳朝強さん(阿強先生)が「2階を見て行って下さい」とのことで、上げさせてもらうと、そこには台湾鉄道ファンには夢の空間が広がっていました。 
(2011.12.30)

 「福井鉄道文物館」と称したこのスペースには、鉄道部品やグッズ類が所狭しと並んでいます。恐らく台湾でもここにしかないという資料もあり、戦前の台湾鉄道の各駅配線図や客車の図面、果ては職員の履歴簿(沖縄出身の人の名前が目立ちました。当時、沖縄で職がない人々が大勢台湾に渡ってきたそうです)まで、もうため息しか出ないものばかりでした。台湾鉄路管理局や博物館なども、展示会をするときに資料を借りていくことがあるそうです。
(2011.12.30)

 阿強先生はお祖父さん、お父さんが鉄道員という環境で育たれ、その結果鉄道が好きになったという由緒正しい(?)ファンです。非常に人懐っこい人で、あれもこれもと次々と資料を出してくれるのですが、逆に破れたり壊れたりしないかとこちらが心配になるほどでした。これらのコレクションは、お父さん達の協力もあって集められたのでしょうが、それだけでここまでは集めきれないと思うので、阿強先生自身も相当苦労されたのではと思います。
(2011.12.30)

 3階に行くと、部屋の中に改札口がありました。これだけで十分なインパクトです。かつての台鐵淡水線新北投駅にあった物で、淡水線は1988年に捷運(都市交通)建設のため廃止されましたが、駅舎は彰化県の民俗文化村に移築・保存されていました。ところが民俗文化村は経営悪化で閉園、駅舎も取り壊されることになりましたが、その際に阿強先生が譲り受けたのだそうです。その奥には駅務室が再現されていました。
(2011.12.30)

 食堂が空いたのを見計らって、私たちも食事を頂きました。迂闊なことに写真を撮り忘れてしまいましたが、ランチはご飯に鶏排(台湾のチキンカツ)、野菜の炒め物がメインで、あっさりした味は万民受け間違いなしです。特にご飯がおいしいと思ったのですが、台湾の米でも特に高級品種といわれる「濁水米」を使われており、この濁水米は台北で買うと値段が高いものだそうで、こういう点でも台湾の奥深さが思い知らされます(この辺はktkrさんの受け売りで書いています)。また、阿強先生おすすめの鶏を一羽まるごとフライしたもの(正式な料理名を失念…)も絶品で、趣味だけでなく食事も大満足でした。なお、台湾で行われる鉄道イベントで配られる弁当も福井食堂からの仕出しであることが多く、その際の弁当箱見本をいくつか見せてもらうと、確かに見覚えのあるデザインがいくつかありました。
 気になる「福井食堂」の由来ですが、日本の福井県とは関係がなく、阿強先生によると「幸福がたくさん沸いてくる井戸のような食堂になりたい」というのが由来だそうです。少なくとも私たちには幸福が沸いてきました。日曜定休というのが週末メインで台湾に来る私には制約となりますが、ここは万障繰り合わせてでも再訪するつもりで、これから台湾へ行かれる方々にもぜひ足を運んで頂きたく思います。

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439:台湾火車道楽③復活!台湾のD51

2012/01/14 (Sat) 18:54
 台湾では当初、東部幹線で駅のスタンプ収集と余命わずかなDR2700形などの撮影をするつもりでしたが、台北に着いた日に、友人HAYASHIさんと台湾における私の師匠ktkrさんから、「DT668が30日に試運転をするらしい」と聞き、迷うことなく急遽予定を変更しました。

 試運転だけあって注目度は高いのですが、運行時刻や区間が直前まではっきり分からず(台鐵の部内向けにも公表されなかったそうです)、伝手をたどって出発駅が修復工場のある海線大肚駅であることが分かり、早速向かいました。
 今回は荷重試験のため、牽引用の客車とディーゼル機関車が彰化から回送されるというので、まずはそちらを撮影。DL3両に通勤型インド製客車3両とは、これだけでも撮影の価値がありました。
彰化~追分間(2011.12.30)

 大肚でDT668を連結し、やってきた試運転列車。煙を上げることを期待して勾配区間で待っていましたが、残念ながら白煙だけで警笛もありませんでした。
清水~台中港間(2011.12.30)

 しかも後追いの方が綺麗に撮れていたというおまけ付き…。
 結局、運転区間は後龍駅までだということが判明し、HAYASHIさんの車で追いかけることにします。
清水~台中港間(2011.12.30)

 DT668は日本でいうD51で、戦後に形式がDT650形に改められました。D51は日本統治時代の台湾にも32両(ただし、1944年最終増備の5両は戦況悪化のため、台湾へ送られたのは戦後になってからで、戦後も5両が増備されています)がいました。このDT668は日本時代のD51 18で1941年川崎車輛製、主に貨物輸送に使用されていましたが、1984年3月に内湾線での運用を最後に廃車、屏東県の公園で展示された後に彰化機関区に戻り、扇形機関庫で静態保存されていました。これを復活させることになり、一昨年12月に完成、昨年11月11日に六家線開業記念行事の一環として、内湾線で運転されました。発表が直前だったので予定が立てられず、悔しい思いをしていましたが、この試運転でリベンジを果たせました。
日南~苑裡間(2011.12.30)

 最後に撮影したこの橋では、直前まで白煙を上げていたものの、直前で煙が途絶え、またも無煙に終わってしまいました。後で聞いた話では、その手前の勾配で力尽きてしまい、後はDLに押されるだけだったとか…。それでも貫禄は十分で、今まで何度か撮影したCK124とは異なる迫力に感動した撮影行でした。
白沙屯~龍港間(2011.12.30)

 しかし、DT668は11月に復活運転をしておきながら、なぜ12月にもなって試運転をしているのか非常に不思議ですが、荷重試験をするということは補機を付けずに本気で客車を牽引させるつもりなのではないかという噂もあります。
 また、今年にはCT273(C57→CT250形)も復活させるべく整備中とのことで、既に復活しているCK101(これも整備されたものの、1度走ったきり全く外に出てきませんが…)、CK124、DT668とともに、台湾のSLには今後も要注意です。



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438:台湾火車道楽②六家線を訪ねて

2012/01/12 (Thu) 23:11
 台湾高鐵(新幹線)は、途中駅が板橋と台中以外は台湾鉄道(台鐵)と接続もせず非常に不便な場所にあり、それぞれ桃園、新竹、嘉義、台南などと主要都市の名前を名乗るのは厚かましいにも程があると思っていたのですが、ここ数年の間に改善が図られ、市街地への無料バスの運行などが行われています。
 更に、台南と新竹では市街地と連絡する台鐵の新線が建設され、台南では沙崙線として昨年1月2日に開業し、台南はこれまで高鐵で一番不便な駅だったのが一挙に便利な駅に変わってしまいました。続いて新竹でも台鐵新竹駅との間を結ぶ六家線が昨年11月11日に開業し、復活整備が終了したSLのDT668(日本でいうD51)使用の記念列車が運転されましたが、運転の発表が数日前では行けるはずもありません。
 とりあえず、六家線は乗っておこうと年末に訪ねました。
(2011.12.28)

 高架の高鐵新竹駅は改札口が地上にありますが、駅舎の2階にも改札口が増設され、そこから台鐵六家駅に通路で直結しています。新竹駅は新竹市ではなく竹北市にあり、六家がこの周辺本来の地名です。
六家(2011.12.28)

 六家駅は高鐵に寄り添うように造られた1面2線の高架駅で、普段は片側の1線だけが使用され、台鐵新竹駅行きの区間車(普通列車)が30分間隔で運転されています。
六家(2011.12.28)

 六家から新竹までは約20分、路線としては内湾線と接続する竹中までの1駅間のみですが、列車は六家~竹中~新竹間を通しで運転されています。このため、内湾線新竹~竹中~竹東間は複線化・高架化・電化のため2007年3月から運休になっていました。これが日本なら内湾線を走らせたままで工事を行うと思いますが、この辺がいかにも台湾だと思います。この4年間の、離れ小島となった内湾線の収支がどんなものであったか見てみたいものです。
新竹(2011.12.28)

 新線といえども走っているのは電化区間のどこにでもいる韓国製のEMU600系、正面窓に行先表示器を取り付けたり、車内も若干改良されていますが、やはり新鮮味には欠けます。開業当時のJRおおさか東線で103系に乗ったようなものです。
六家~竹中間(2011.12.28)

 新竹~竹中間には順に北新竹(縦貫線にも新設)、世博、竹科の3駅が新設され、以前はホーム1本の無人駅だった竹中も2面3線の高架駅に大変貌を遂げました。駅の周辺は畑の多く残る郊外、といった感じで、駅前広場も整備途中ですが、数年後には変貌を遂げているかもしれません。 
竹中(2011.12.28)

 竹中での接続は非常によく、六家線の2本に1本が1時間ヘッドの内湾線に接続します。
竹中(2011.12.28)

 上にも書きましたが、内湾線は新竹~竹中間が六家線に取り込まれた形になり、早朝と深夜の列車が出入庫を兼ねて新竹発着になる以外は、全て竹中~内湾間折り返しになっています。接続がいいとはいえ、これでは「支線の支線」のようで、せっかく線路が4年ぶりにつながったのにもったいない気がします。
 内湾から来た列車は高鐵の下をくぐると高架に登り、竹中駅に到着します。それなら内湾線との交差部分に高鐵
新竹駅を造れば、わざわざ六家線を造らなくてもよかったのではと思いますが、新竹に限らずわざわざ不便な場所に駅を設ける高鐵には何かとしがらみがありそうです…。
上員~竹中間(2011.12.28)

 せっかくなので、久しぶりに内湾線に乗ってみました。竹中駅の内湾線ホームも電化されていますが、架線そのものは竹中駅を出て地上に降りるとすぐに終わり、以後は今までと変わりない非電化ローカル線に戻ります。
竹中~上員間(2011.12.28)

 現在の内湾線は竹東で2列車が交換するダイヤになっています。竹東は部分休止中の始発駅で、構内にはディーゼルカーの検修設備が残っています。
 将来、内湾線に増発の予定があるそうで、その場合は九讃頭駅での交換も復活するそうです。そうなると使用停止後も残っていた腕木信号機の運命が気になります…。
竹東(2011.12.28)

 スイッチバックだった合興駅。スイッチバック自体はかなり以前に廃止されていたものの、雰囲気は十分に残っていて好きな駅でしたが、ホームが延長されて分岐ポイント部分がつぶされ、構内が公園と化してしまい、すっかり興醒めです。
合興(2011.12.28)

 私が行ったのは平日でしたが、それでも2連が満員になっていたので、台湾の鉄道旅行人気もまだ続いているようで安心しました。
内湾(2011.12.28)

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437:台湾火車道楽①EMU100系で通勤

2012/01/10 (Tue) 23:59
 話は前後しますが、昨年末に再び台湾へ行ってきました。
 台北に着いた翌朝に向かったのは、市民大道と光復南路の交差点です。捷運(地下鉄)国父紀念館駅から北に15分ほど歩いたところですが、台北駅からタクシーでも10分ほどで着けます。
 市民大道に面して台湾鉄路局の台北機廠(台北鉄道工場)があり、柵越しに構内をのぞき見ると意外な車両が停まっていました。
台北機廠(2011.12.28)

 これは以前から台湾の鉄道ファンの間で噂になっている松山駅~台北工場間の職員輸送用列車で、使用車両は特定されていないようなのですが、ここしばらくは「英国婆仔」こと初代「自強号」EMU100系が使用されています。
 定期運用がなくなって久しいEMU100系に、こんなところで再会できるとは感激です。
台北機廠~松山間(2011.12.28)

 この職員輸送列車は工場07:38→松山7:43~7:52→工場7:57というダイヤで運転されており、松山駅が地下なので工場を出るとすぐに地下に入ってしまいます。幸いにも、地下線の出入り口が市民大道に面しており、当然高い柵で囲われているのでそれによじ登るか、脚立などを持っていけば出入りする列車を見ることができます。
 かつては俊足を誇ったEMU100系も、この列車では30~40km/h程度でのろのろ走っていくだけで、吊り掛け駆動の音も発車の際にかすかに聞こえるだけですが、風格は十分残っています。私個人としては、5連を2本連結した10連で走る姿しか見たことがなかったので、5連単独で走るのを初めて見て喜んでいたりします。 
松山~台北機廠間(2011.12.28)

 職員専用ホーム(一番上の画像と同じ場所)は、なぜか外からも簡単に入れます。工場の事務所棟からかなり離れた場所ですが、見ていると列車に乗ってきた職員は一度降りた列車に再び乗ろうとしており、車内でも先頭車に向かって移動している人が見え、誰も外に出てこようとはしません。
 実はこのホームの向いにもう一つホームがあり、そこが工場の裏口らしき門につながっています。職員はそこから工場に入っていくのでした。ホームが先頭車部分にしかないため、皆が先頭車へ移動していたわけです。
台北機廠(2011.12.28)

 出入り自由(というわけではないですが)なのをいいことに、車内も撮影してきました。走行中は車内にいるとあまり吊り掛けの音が響いてこないのですが、もう一度、乗車したいものです。
台北機廠(2011.12.28)

 工場到着後、職員を降ろしたEMU100系は工場構内へ引き揚げます。一旦先ほどの交差点の方へ向かい、スイッチバックで工場へ入るのですが、この引き揚げ線が5両分ギリギリしかなく、通常の停め方では最後部車両がポイント上に停まってしまいます。職員が出てきて、トランシーバーで運転士に「後もう少し!」と指示を送り、動いては停まりを数回繰り返した後、最後部の台車がポイントから離れたのを見てポイントを切り替えます。
 毎日こういうことを繰り返しているのでは、相当面倒な作業といえます。
台北機廠(2011.12.28)

 台北工場は北側向かいに「京華城」という大型商業施設があり、南側には台北101(台北国際金融センター)もあることから、立地条件がすごくいいところにあります。そこで、台北市では都心の一等地にある台北工場を郊外に移転させたうえで、跡地の再開発を行う計画を持っています。京華城から台北101を一直線に結ぶ道路を造るそうで、工場は古蹟に指定されている日本時代からの浴場などを残して、更地にされる運命にあります。
 この通勤列車も、そう遠くないうちに見納めになるかもしれません。 
台北機廠(2011.12.28)

 撮影後、タクシーで台北駅に向かいました。駅前には、10月24日~12月4日に駅構内で開催された「台鉄百年文物特別展」の一環で展示された台東線のナローSL(LDK58)とディ-ゼルカー(LDR2201)がまだ展示されていました。私はこの文物展を見逃して口惜しい思いをしていたのですが、これで少しだけ救われました。
 LDK58はもともと台北工場構内で展示されていたもので、私もかなり前に工場を見学した際に見たことがありますが、綺麗に整備されているのは何よりです。ちなみに、LDR2201は苗栗の鉄道文物展示館から運んできたものです。
台北(2011.12.28)

 職員輸送列車については、台湾の鉄道誌「鐵道情報」の古庭維編集長から色々とご教示を頂きました。この場を借りて御礼申し上げます。

【追記】
 なお、この列車は夕方にも運転されているそうで、工場16:49→松山16:55~17:04→工場17:09というダイヤになっているそうです。ただ、残念なことに1月一杯で電車の運転は取りやめられ、バス輸送に替わるそうです…。

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436:帰ってきた伊豆急行100系

2012/01/10 (Tue) 23:12
 昨年12月10日に開業50周年を迎えた伊豆急行では、様々なイベントが行われていますが、その中でも目玉なのは、何といっても名車100系の復活運転です。
 この姿はぜひとも見なければと、12月4日~1月9日に伊豆急主催で行われた「クモハ103号で行く下田ミニトリップ」に申し込み、乗車と撮影を楽しんできました。
伊豆高原~伊豆大川間(2012.1.9)

 ツアーは片道だけの参加でも可能なので、上り(伊豆急下田発)のみの乗車とし、下りは撮影しました。
伊豆大川(2012.1.8)

 100系は平成14年に引退し、両運転台の103のみが伊豆高原電車区で入換車として使用されていましたが、イベントの一環で整備が行われ、本線上にまさかの復活となったものです。私も伊豆急初訪問時から、私鉄電車でありながら国鉄型車両のような風格を持つ100系に魅せられ、折りよく学生時代の後輩が伊東に赴任したことから彼の案内で度々撮影に訪れました。3~8連での自由自在な運用、河津桜号や南伊豆号といったイベント列車、そしてさようなら運転と、最後まで華やかな存在でした。
 できれば最低でも3連くらいにはなってほしいものですが、1両だけでも再び見られるのはありがたいことです。しかし、伊豆急は編成パターンの多いことが、この画像からも分かります。100系と同じく、現在主力になっている元東急8000系でも、柔軟な編成対応が行われているようです。
伊豆大川(2012.1.9)

 撮影後、集合場所の伊豆急下田駅まで行くと、ちょうど185系「踊り子」といい位置に並んでいました。
伊豆急下田(2012.1.8)

 受付を済ませてホームに入場すると、ちょうど103が入線してくるところでした。停車位置はこの画像の撮影位置くらいまで来るのですが、その直前に留置中の185・251系との3並びが実現しました。
伊豆急下田(2012.1.8)

 座席は自由席制とのことで、早速乗り込んで右側の海の見える席を確保しました。現役末期の色褪せた姿を見慣れていたので、綺麗に塗り直された車体は感動ものです。
伊豆急下田(2012.1.8)

 新調された方向板。車体の塗り分けに合わせたデザインも、初めて見たときは洗練されているように思えたものです。 
(2012.1.8)

 車内に掲げられていたメッセージ。
(2012.1.8)

 車内の中吊広告枠には、伊豆急開業時の告知ポスターや、当時の写真などが貼り出されていました。こうやって見ると、開業の際には色々なイベントが行われていたようで、その豊富さに驚かされます。
(2012.1.8)

 銘板はどうも作り直されたような感じがしますが、東急車輛という社名がそのうちなくなりそうなので、これも貴重になるかもしれません。
(2012.1.8)

 私が乗ったときの100系の座席はかなりくたびれていて、座り心地のいいものではなかった記憶がありますが、モケットを貼り直したクロスシートは妙にフカフカしていて、暖房ヒーターがよく効いていました。 
(2012.1.8)

 このように、車内は座席や床のリノリュームなどが全面的に張り直され、見違えるように綺麗になりましたが、それ以外は現役当時のまま残されており、例えば窓下テーブルの下にある栓抜きも残っていました。
(2012.1.8)

 ツアーは1列車あたり50人限定でしたが、座席が全て埋まる、つまりツアーとしては満員状態で、車内でのんびり弁当を食べるつもりが、あてが外れました(苦笑)。鉄道ファンだけでなく、100系を知らなさそうな親子連れや観光客などの参加者もおり、鉄道ファン以外にも注目されたという点では、今回の復活は成功だったのではないでしょうか。
(2012.1.8)

 伊豆急下田から伊豆高原までの行程では、対向待ちの運転停車も少なく、快調に飛ばしていましたが、伊豆稲取を出て伊豆七島の見える海べりに来ると、速度を落として徐行するなどの"サービス"もありました。
伊豆稲取~片瀬白田間(2012.1.8)

 約40分で伊豆高原に到着、ここで解散となりました。残念ながら、保安装置等の関係で、103は伊東までは入線できないそうです。ハワイアンブルーを引き継いだ元東急の8000系との顔合わせを撮って、引き揚げることにしました。103の復活は、頚城鉄道の保存車を初めて見たときと同じくらいのインパクトがありました。 
伊豆高原(2012.1.8)

 この他に50周年記念行事として、「リゾート21」2100系3次車が100系と同じペールブルーとハワイアンブルーの塗色に変更され、「リゾート・ドルフィン号」として10月22日からお目見えしています。
来宮~熱海間(2012.1.8)

 車内には、「懐かしい昭和の鉄道展」として鉄道写真が展示されているのですが、伊豆急や国鉄だけでなく、新潟交通や岩手開発鉄道や津軽鉄道といったところも登場し、結構マニアックな内容でした。
(2012.1.8)

 「リゾート・ドルフィン号」のマーク。前の伊豆箱根鉄道1100系もそうですが、この手の塗色変更は賛否両論分かれるところで、私は似合ってさえいればそれでよく、今回は案外悪くないと思っています。
(2012.1.8)

 まともに撮影するのはこれが初めての元東急8000系。3連から8連まで、100系と同じく自在な運用がされています。車内はセミクロスというか、片側ロング、片側クロスとなっており、ロングシートに座ると目の前にクロスシートに座る人が目に入るわけで、これも車内で弁当を食べたりするのが憚られる雰囲気があります。
 その8000系にも50周年記念ステッカーが貼られていました。
伊豆大川(2012.1.9)

 正面
(2012.1.9)

 側面(2100系には、これを小型化したものを正面に貼っています)
(2012.1.9)

 JR熱海駅で伊東線の発車案内表示を見たところ、8000系利用の列車にはこのようなアイコン?が表示されていました。扉位置など、他の車両とあまりにも違いすぎるので区別するためだと思いますが、8000系を熱海まで乗り入れさせるのには、伊豆急とJRの間で相当議論になったのではと思います。
 しかしいつの間にか、伊豆急線内の普通列車は伊豆急車両で統一され、JR車両の乗り入れは行われなくなっていたのですね。
熱海(2012.1.8)

 8000系には中間車改造やら東急8500系からの編入車があるうえに、伊豆急に来てからも編成の組み換えなどで変動が激しいですが、その中でも前パンになった車両がフリーランスの模型みたいで個人的にはお気に入りです。
伊豆高原(2012.1.8)

 2100系は3次車「リゾート・ドルフィン号」と4次車「黒船電車」と特別塗装車が続き、青赤白のオリジナル塗色は5次車(アルファリゾート)だけになりました。主力の8000系も「トランパガデル」ラッピング車2編成以外は100系に準じたハワイアンブルーなので、伊豆急ではブルーが非常に目立ち、車体色だけは原点回帰しているようです。それだけ100系の存在が大きかったということでしょうか。
富戸(2012.1.9)

 話は変わりますが、伊豆高原駅の2階に伊豆急の資料展示コーナー「ONE TWO NINE」(129=伊豆急)が開設されています。「小さな資料館」と自ら銘打っているだけあって、決して広いわけではないのですが、古い写真や資料、模型などで密度は濃いです。私が印象に残ったのは、伊豆急では意外にもたくさんの記念乗車券を発売していることで、100系引退時や名古屋での「鉄道の日」イベントで販売された古い記念乗車券をかなり買い集めたつもりでしたが、まだまだ及びませんでした。 
(2012.1.8)

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435:伊豆箱根鉄道 ありがとう1100系

2012/01/09 (Mon) 23:51
 伊豆箱根鉄道駿豆線では、今年6月に引退予定の1100系(元西武701系)最後の一編成1009Fに、昨年7月16日からヘッドマークを掲出して運転しています。
 引退の1年前からマークを出すとは気の早い話だと思っていたのですが…。
(2012.1.7)

 「ありがとう1100系イベント」としてイベント電車やグッズ販売などが行われていますが、更に西武時代を模した「赤電」塗色に変更のうえ、11月23日の「いずはこねふれあいフェスタ2011」でお披露目、25日から運転を開始しました。
 これに先立って、10月29日には伊豆箱根での塗色である青+白の通称「青電」のさようなら運転もちゃっかり行われていました。趣味的に見れば、鉄道会社はこれくらいの「がめつさ」があっていいと思います。
三島二日町~大場間(2012.1.9)

 いつもなら、この手の塗装変更では「リバイバル」や「復元」といった書き方をするのですが、「変更」としたのには理由があります。この赤電塗装は西武の赤電とは塗り分けが違うからで、下半部の赤色部分が西武よりも多く、側面だけ見ると、平成17(2005)年に引退した1000系の方が印象は近いです。
大場~三島二日町間(2012.1.9)

 こちらは1100系に替わって平成20(2008)年から導入されている1300系、やはり元西武新101系ですが、3000系や7000系といった伊豆箱根オリジナル車がセミクロスシートなのに対して、元西武の車両はロングシートなので、乗車する際にこれに当たると損をした気になります。観光路線でもあるので、車内設備は何とかならなかったのかと思うのですが…。 
大場~三島二日町間(2012.1.9)

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432:静岡鉄道 臨時急行「セノバ号」

2012/01/07 (Sat) 23:01
 静岡鉄道静岡清水線では、昨年10月5日に新静岡駅ビルに開業したショッピングモール「セノバ」を利用する旅客の利便を図るため、12月10日~1月9日の土日祝日に臨時急行「セノバ号」を運転しています。
 静鉄では10月1日のダイヤ改正から急行が1996年以来15年ぶりに復活していますが、平日のみの運転のため、休日に急行が見られるこの機会に訪ねてきました。

 1000系には「セノバ」のPR用ヘッドマークが掲出されています。
狐ヶ崎~桜橋間(2012.1.7)
 
 全面広告ラッピングの編成にはヘッドマークが付かないのですが、LuLuCa(静鉄のICカード)の広告ラッピング編成だけは小型の円板が掲出され、LuLuCaの"L"が隠れてしまっています。スポンサーが静鉄自身なので、これでも問題ないのでしょう。
 よく見ると、1000系には円板のための板挿しが2か所も取り付けられています。急行のためにここまでやるとは頭が下がります。 
狐ヶ崎~桜橋間(2012.1.7)

 臨時急行は、新清水発が9~14時の毎時0分発となっています。停車駅は新清水~古庄間の各駅と日吉町で、県総合運動場で先発の普通を追い越します。地下鉄並みの運転本数がある静岡清水線では、臨時急行運転に際して臨時ダイヤが組まれており、前後の普通の時刻が若干変更されています。
 さて、この新清水発は午前中に光線状態の良い撮影地がなく、やむを得ず後追いで撮影しました。この日1本目は「セノバ」ラッピングの1008Fが充当されました。急行には「急」円板が付けられますが、通常は「急」が赤文字のところ、セノバのイメージカラーに合わせたのか臨時だからか、緑色になっていました。
桜橋~狐ヶ崎間(2012.1.7)

 考えてみれば、急行運転では当然、正面上部の急行灯が点灯されるわけで、それではいくら順光といえども後追いで撮っては意味がありません。逆光覚悟で前から撮影します。
県立美術館前~県総合運動場間(2012.1.7)

 10月のダイヤ改正の際に、1000系の方向幕が新しいものに変わったのですが、今回は通常運転と同じ「急行」を表示しているものと思っていると、きちんと「臨時急行」が出ています。車内放送(自動放送)でも「臨時急行」とはっきり言っており、静鉄としてはいつでも臨時急行を運転できる態勢が整えられているようです。
(2012.1.7)

 これも平日朝しか見られなかった側面の「急行」表示。なお、駅通過時にはこれも15年ぶりに使用されるミュージックホーンが鳴らされます。私は1000系のミュージックホーンを初めて聞いたのですが、中小私鉄のしかも通勤用電車でミュージックホーンを持っているのはここぐらいではないでしょうか。
 乗車してみると車内は結構混んでおり、案外スピードが速いので、こまめに停車する普通電車しか知らなかった静鉄の印象が変わりました。
(2012.1.7)

 新静岡発は帰宅する人に合わせたのか、12~17時台の毎時30分発で、日吉町を通過する以外は新清水発と停車駅は同じです。こちらも先発の普通を追い越すのですが、待避駅が長沼なのが興味深いところです。
 このように、臨時急行に使用される編成は特定されていないのですが、上にも書いたLuLuCa広告の編成が充当されると、セノバの小型円板と合わせて2枚看板になり、以前の阪急特急を思い出させます。 
音羽町~春日町間(2012.1.7)

 午後になっても撮影場所に困るのは相変わらずで、順光で撮れたのはこの画像(12:30新清水発)でやっと、というところでした。午前と午後で静岡行きと清水行きを逆にしてくれれば文句なしなのですが、次は新清水駅に大型商業施設ができれば…と考えてしまいました。
柚木~春日町間(2012.1.7)

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431:阪堺電車の新年

2012/01/06 (Fri) 20:37
 寒中お見舞い申し上げます

 遅ればせながら、本年も何卒よろしくお願いいたします。

 さて、この正月は昨年に引き続き、阪堺電車を追いかけていました。
 今回は沿線の撮影は控えめにし、最も多くの電車が集まる住吉大社付近での古豪モ161形絡みのレアシーンを中心に撮影しました。モ161形でなくとも、正月の阪堺電車では同じ行き先の電車が続行したり、3両くらい数珠繋ぎに停車したりと、普段はラッシュ時でも見られない光景が展開されます。予想通り、住吉交差点では大勢の同業者がカメラを構えていましたが、私の見る限り、鉄道ファンよりも一般の参拝客の方に電車運行上危険な行為をする人が多かったです。
住吉(2012.1.3)

 正月3か日の住吉大社周辺は自動車通行禁止になり、軌道がロープで区切られるほかは歩行者天国状態になります。住吉の阪堺線あびこ道行きホームは閉鎖(このため、恵美須町方面から電車に乗ると東玉出の次が住吉鳥居前になります)、上町線の住吉公園行きホームも天王寺駅前行きホームの向かいに設けられた臨時ホームがメインになり通常のホームは浜寺駅前行きと、住吉公園行きのうち臨時ホームに先行電車がまだ停まっている場合のみ使用されます。住吉と住吉鳥居前には臨時きっぷ売り場も設置され(下の画像でモ168の左に見えている草色の小屋)、正月3か日限定で乗車券が発売されます。この切符は毎年デザインが変わるので、気が抜けません。余談ながら、天王寺駅前も相当な混雑になりますが、ここでも干支をデザインした往復乗車券が発売されます。
住吉(2012.1.2)

 住吉鳥居前も臨時ホームと改札口が設けられ、乗降を分離して乗客を捌きます。といっても、特に乗車は時間がかかることが多く電車も遅れ気味、そこに対向の電車がやってくると結構な確率で色んな電車の並びが見られます。
 都電と南海電車の並びが見られるのは阪堺ならではの光景ですね。 
住吉鳥居前(2012.1.1)

 角度を工夫すれば3両の電車を1枚に収めることも可能です。
住吉鳥居前(2012.1.1)

 これが3両ともモ161形だったら、もう何もいうことはありません。まさに正月にしか見られないレアシーンといってもいいと思います。
住吉鳥居前(2012.1.1)

 もう一つは住吉交差点での行き違い、通常は交差点では行き違いをしないのですが、後ろに電車がつかえている状況ではそういうことを言っていられません。
住吉鳥居前(2012.1.1)

 住吉公園でも2線をフル活用します。そのはずが、この画像を撮った直後、右側のモ162が故障してしまいました。既に乗客が乗り込んでいた後なので、係員が平謝りでモ164に誘導していましたが、その際に「すみませーん。この電車、昭和ヒトケタ製でボロボロなんですわ。」と説明していました。何もそこまで言わなくても…。
 ただ、乗客の反応は、車内の「昭和参年」製の製造銘板を見て喜んでいたり、iPadで検索してモ161形が現役最古参の営業用車両と知って驚いたり(これらの人々は鉄道ファンではありません)と、決して古いからといって不評なわけではないので、それを活かして集客策を講じられないものかと思いました。
住吉公園(2012.1.3)

 モ162の代わりに、昼に入庫していたモ166が出てきました。夕方でブレた画像で恐縮ですが、阪堺には行先表示に「回送」や「臨時」がないので、回送される場合は「試運転」を出します。
住吉公園(2012.1.3)

 雲電車は昨年にモ168が青雲になったことで、モ501(黄)、モ166(黄緑)と3両になりました。偶然、住吉公園発天王寺駅前行きで続行になりました。
住吉公園~住吉間(2012.1.3)

 2両並びなら、それこそ面白いように色々な組み合わせで撮影できるのですが、たとえばモ162・163(旧塗装)やモ165・170(南海電車旧塗装)といった同じ色同士の並びは、なかなかタイミングが合わず、今回はお見せできるような画像が撮れませんでした。
住吉鳥居前(2012.1.3)

住吉鳥居前(2012.1.2)

 今年最大の注目は、レトロ復元車モ161が出てくるかどうかという点でした。普段はイベントや貸切専用になっている161は、「多客時に車両が不足したら営業運転にも入れる」とのことで、実際車内には広告も入れられ、パンタを上げて我孫子道でスタンバイはしていたのですが、やはり極力出さない方針だったようで、3か日間は遂に出動しませんでした。1日は161を含めて3両ある予備車のうち2両までが臨時増発で出てきたので、もしや!と思ったのですが、そうは問屋が卸しませんでした。
我孫子道(2012.1.2)

 今年もこんな調子で参りたいと思っております。よろしくお付き合いください。







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