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428:JABOTABEK探検記④元メトロの車両

2011/12/24 (Sat) 00:24
 ジャカルタの話題の続きです。

 車両関係としては、3月にジャカルタ入りした元東京メトロ千代田線6000系(6015F・6026F)が9月から営業開始したのが最大の話題でしょう。
Universitas Indonesia(2011.11.21)

 この2編成はボゴール・ブカシの両線で使用されています。ジャカルタでのKCJ塗装は、有楽町線に近いイメージになってしまっていますが、側面の車番の文字と正面窓上の行先表示器の周囲が緑のままなので、辛うじて千代田線の面影が残っています。
Gondangdia~Gambir(2011.11.20)

 東京とジャカルタでは先輩後輩の立場が逆転した6000系と元有楽町線7000系、色を一緒にすると見分けが付きにくくなるのでは?と思っていましたが、意外にも扉上の車番と種別表示窓が目立ち、判別しやすくなっています。
Jakarta Kota(2011.11.20)

 6000系は第2弾として6006・6012Fが11月にジャカルタ入りしており、予定通りマンガライ工場で整備を受けています。この後、デポック電車区で改造されるはずですが、203系で詰まっているので、通常は到着から半年~10か月程度でデビューとなるところをずれ込むかもしれません。
 Balai Yasa Manggarai(2011.11.22、敷地外から撮影)

7000系も、ボゴール・ブカシ線ですっかり主役になっていました。
Gambir(2011.11.20)

 こちらも勢力を伸ばしている元東西線05系。訪問時点で、02・07・08・09・10の5編成が運用されていました。その後も3編成がジャカルタ入りしているので、このまま行けば元都営三田線6000系や元東急8500系を抜いて最多勢力になりそうな勢いです。5編成の中で、この07Fだけは先頭車に女性専用車のラッピングが行われています。
Gondangdia~Cikini(2011.11.21)

 チョッパ制御の05系は電圧降下の影響を受けることもないので、運用範囲がボゴール・ブカシ線だけでなくセルポン線も網羅しており、3線の電車が集まるマンガライ駅にラッシュの終わり頃にいると、元東急車よりもよく目に付くのでは?と思うほどです。デビューからまだ1年ですが、これほど急に存在感を増していたとは思いませんでした。
 余談ですが、前のエントリーでも書いたPT.KAIの新ロゴマーク制定により、ディーゼル機関車も新塗色に変更されたものが、まだ少数派ですが見受けられるようになりました。
Cikini(2011.11.21)

 09Fのジャカルタコタ側先頭車05-109にだけは、なぜかまだメトロマークが残っていました。 
Manggarai(2011.11.22)

 今年入線した04・05・12Fは、デポック電車区で改造工事を受けている最中のようです。今回は工場を見られなかったので、車庫に留置されていた12Fしか見られませんでしたが、正面窓の投石防止用金網が黒いものになっていました。これだけで更に印象が変わるものです。
Depok電車区(2011.11.21)

 東西線といえば忘れてはいけない5000系。帰国後、この車両の導入を巡って不正があったとしてインドネシア運輸省の鉄道局長が逮捕されたというニュースが流れ、びっくりしました。当然、車両そのものに罪があるわけでもないのですが、運用に入っていた譲渡車両の中では一番くたびれているような印象を受けました。主にボゴール線とセルポン線で使用されています。
Manggarai(2011.11.22)

 5000系を種車としている元東葉高速鉄道1000系は、3編成ともボゴール線にいました。
 バティック模様の1060Fも変わりありません。 
Unversitas Indonesia(2011.11.21)

 最初に塗装変更された1080Fは今回、満足に撮影できませんでしたが、健在です。
Jakarta Kota(2011.11.22)

 黒縁の1090F、他の2編成が正面右上の東葉マークを残している(インドネシアの象徴ガルーダに似ているからだそうです)のに、この編成は消されています。このあたりの判断は、車両整備担当者の胸先三寸で決まるものだそうです。
Manggarai(2011.11.21)

 1000系の先頭車は、元都営6000系と同じデザインの女性専用車ラッピングがされていました。
Manggarai(2011.11.21)
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427:地下鉄中央線大阪港~弁天町間開業50周年

2011/12/21 (Wed) 01:00
 大阪市営地下鉄では、12月11日に中央線大阪港~弁天町間が開業50周年を迎えるのを記念して、イベントが行われています。

 まず、24系の正面貫通扉の窓に円形シールが貼り出されました。
堺筋本町(2011.12.18)

 このまま大型のヘッドマークにしてもいいくらいの、いいデザインだと思います。
(2011.12.18)

 現在、中央線の主力は20系(左)で、4編成しかいない24系に貼られても、撮影するのが大変です。最初に行ったときは走っておらず、翌日に出直すと第1編成だけが運用に入っているという具合でした。
朝潮橋(2011.12.18)

 電車だけでなく、大阪港・朝潮橋・弁天町の各駅でも、このような装飾や垂れ幕が掛けられている他、3駅の駅長室には記念スタンプ(駅ごとにデザインが異なり、台紙も用意されています)も置かれています。
弁天町(2011.12.18)

 思い出してみれば、4年前に四つ橋線玉出~住之江公園間開業35周年でも記念イベントが行われており、そのときと内容がよく似ています。今回の方が規模は小さいですが、不思議なことに、四つ橋線のときと違って公式ウェブサイトや広報物にも告知がなく、せっかくのイベントが非常にもったいない気がします。
朝潮橋(2011.12.18)

 告知がないので、このイベントの期間がいつからいつまでなのかは分かりません。

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426:近鉄15400系「かぎろひ」登場

2011/12/19 (Mon) 01:00
 近鉄では子会社のクラブツーリズムのツアー旅行専用列車として、12200系改造の新形式15400系を登場させ、12月23日から営業運転を開始します。日本発の旅行会社専用列車なのだそうです。
 
 その試乗会が15日の大阪上本町~五位堂間(マスコミ向け)から始まり、16日は大阪上本町~宇治山田間、17日は名古屋~宇治山田間、18日が名古屋~大阪上本町間で運転され、18日の試乗会列車を撮影してきました。23日以降はクラブツーリズムのツアー旅行に申し込めば乗れる車両なので、今見なくてもいいと思われたのか、沿線で撮影している同業者はそんなに多くありませんでした。
恩智~高安間(2011.12.18)

 15400系は15401F・15402Fの2連2本からなり、それぞれ12200系12241Fと12242Fからの改造です。外観は見ての通りですが車内も大幅に手が加えられ、ツアー旅行専用車両らしく大型荷物スペースや、果てはバーカウンターも設置(15402Fのみ)されています。
 愛称は一般公募の結果、「かぎろひ」となりました。「万葉集巻一」所収の柿本人麻呂の短歌「ひむがしの野にかぎろひの立つ見えてかえり見すれば月かたぶきぬ」が由来だそうです。
高安(2011.12.18)

 上本町から高安車庫への回送は順光で撮れました。この車両も南海「ラピート」などと同じく、天候や光線によって塗色の映り具合が違ってくるので、撮影には苦労させられそうです。
布施~俊徳道間(2011.12.18)

 情報提供頂いたKさんには、この場を借りて御礼申し上げます。

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425:阪堺モ161貸切

2011/12/19 (Mon) 00:46
 12月16日に、いつもお世話になっている「電鉄倶楽部」さんが関西忘年会の昼の部として、阪堺電車モ161を貸切されたので、参加させて頂きました。

 今年6月にレトロ復元されたモ161は今のところ、貸切やイベント専用になっていますが、貸切の場合は運賃に加えて維持費として1万円追加となるにも関わらず人気は上々で、稼働率は高いそうです。
我孫子道車庫(2011.12.17)

 運転前の撮影会では、今年が阪堺線開業100周年ということで、支援団体が制作された円板も掲出されました。
(2011.12.17)

 これは前にも撮影させて頂いていますが、車内も力を入れて復元改装されており、乗ってもかなりの情感があることが人気の理由かと思います。
(2011.12.17)

 レトロ復元の最大の目玉(と、私は思っている)、紐引きベルです。反対側の運転台つまり車掌側から、乗降が完了したことを知らせるために車掌が紐(吊革の上にある筒の中を通っている)を引っ張り、ベルを鳴らします。まさに「ちんちん電車」です。 
(2011.12.17)

 今回の貸切は堺市内区間の我孫子道~浜寺駅前間を2往復するというもので、撮影用に走らせるため、撮影名所の綾ノ町や御陵前で綺麗に順光となるダイヤが組まれました。
 まずは御陵前で浜寺行きを撮影。
御陵前~東湊間(2011.12.17)

 1往復目を御陵前で撮影した後、2本目は綾ノ町で。この2か所で参加者のほとんどが集中していました。 
綾ノ町(2011.12.17)

 神明町電停の北側に、古い商店があるので、2本目の折り返しはこれと並べて撮影してみました。この時点で気付いたのですが、行先表示は1往復目は「廻送」板、2往復目は浜寺行きが「貸切」板、我孫子道行きが隠していた方向幕を出して「貸切」と、微妙に変えられていました。
神明町~綾ノ町間(2011.12.17)

 この辺りは信号が多く、先行の電車の影響もあって神明町~綾ノ町の1駅間だけで2回も赤信号で停まったため、少し走っただけで簡単に追いつき、もう一度撮影できました。
 真横から見ると、モ161形の13m車体は実際よりも長く見えます。
綾ノ町(2011.12.17)

 この日の通常運用には、恵美須町~我孫子道にモ172、上町線~浜寺駅前にモ163が入っていました。今年もあと半月ほどとなりましたが、来年の正月もモ161形が初詣輸送に大活躍する姿が見られそうで楽しみにしています。
住吉(2011.12.17)

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424:JABOTABEK探検記③デポック電車区で203系に会う

2011/12/15 (Thu) 16:29
 続いて向かったデポック電車区、前回と同じくデポック駅から出入庫線沿いの道を歩いていきました。 
 正門で守衛さんに来意と、教えて頂いていた担当者の方の名前を告げ、事務所に入れてもらったのはいいのですが、ここで出てきたMさんが非常に渋い顔をしています。A君に通訳してもらうと、私たちの訪問をブキットドゥリから聞いていないとのことで、確認ができないと入れることはできないということでした。
 正直、非常に焦りました。早速、ブキットドゥリで対応して頂いたBさんに電話しましたがつながらず、今回の車庫訪問をお世話して頂いたPさんに電話して対応を相談し、これ以上無茶を言って話がこじれても面倒なので、諦めようかとも思いました。1時間くらいして改めてBさんに電話すると、幸運にも会議が終ったところで出てこられ、Bさんから改めてMさんと、現場責任者のSさんに話をしてもらい、見学OKとなりました。
 実はPさんからは、ブキットドゥリでデポックとボゴールの分の入場許可書を発行してもらうようにアドバイスを頂いていたのですが、Bさんが「大丈夫!デポックとボゴールには電話しておくから」と言われたので安心し、許可書をもらいませんでした。ところがBさんが電話を忘れており、これが仇となって余計な時間がかかったわけです。Sさんからは「許可書があればすぐOKだったのに」と言われ、何事も大らかなインドネシアといえどもここが厳重に管理されているのを思い知った次第です。
 それにしても、しかめっ面だったSさんの顔がBさんとの電話で一気に変わり、以後は自ら車庫を案内され、「何か質問はないか?」など、最初に想像もできなかったことを言われたのには、人間はこうも変わるものかと驚かされました。
 
 大手をふって撮影できるようになったので、さっそく撮ります。
 事務所の入口に貼ってあるデポック電車区の俯瞰写真です。日本からのプラント輸出で建設されたものですが、それだけに、敷地面積も設備もインドネシア鉄道ではトップクラスを誇ります。手前(下)が点検や改造を行う工場部分、奥(上)が車両を留置する車庫部分で、入口正門が車庫の先端近くにあるので、車庫と工場のちょうど中間にある事務所棟まではかなり距離があります。
 前回は一緒に行った地元ファンRさんのバイクに乗せてもらいましたが、今回はちょうど出勤してきた運転士さんが「俺のバイクに乗れ」と送ってくれました。
Depok電車区(2011.11.21)

 元東急8000系8007Fと8500系8507Fに挟まれる"holec"、オランダの技術協力で作られたVVVFインバータ車ですが故障が多く、電気式ディーゼルカーに改造されてジョグジャカルタに送られる車両が増えています。ただ、ジャカルタでも車両不足が慢性化しているので、マンガライ工場などに留置中の車両は韓国製の機器に取り替えたうえで運用に復帰させる計画があるそうです。 
Depok電車区(2011.11.21)

 いよいよ、お目当ての203系と対面です。203系はマト51(クハ203-1~)・52(クハ203-2~)・66(クハ203-106~)、9月にマト68(クハ203-108~)・69(クハ203-109~)がジャカルタ入りしています。ブキットドゥリ電車区に留置中のマト69編成以外の4編成が留置されており、うち3編成が既にJABOTABEK仕様に改造されていました。 この画像は左からマト66・52と同じく整備中の元東京メトロ05系012Fです。 
Depok電車区(2011.11.21)

 外観はほとんどジャカルタ仕様に変わっているのですが、先頭車の側面だけが手付かずで残されています。ここに女性専用車のラッピングを行うためと思われます。
Depok電車区(2011.11.21)

 05系012F。
Depok電車区(2011.11.21)

 こちらは左からマト51と、未整備のままのマト68です。見たままですが使用前・使用後といった感じです。スカートを付けただけで、目の錯覚なのか大きさの違う車両が並んでいるように見えてしまいます。
Depok電車区(2011.11.21)

 上の画像から少し後ろへ退いてみると、元東京メトロ7000系と同じく元JR東日本103系との4並びになっていました。こういう日本では見られなかった並びが見られるのは、ジャカルタか模型かしかないでしょう。
Depok電車区(2011.11.21)

 今回の車庫訪問のもう一つの目的は、この103系を見ることでした。
 現在、103系は2年に一度の全般検査の時期に当たっており、マンガライ工場に入場した4連4本のうち低運車2本は新塗色に塗り替えられて出場しました。この色は今はなきJR東海での塗装と同じで、名古屋にお住まいの方なら声を上げるところでしょう。これは日本人のファンの方が提案されたのが採用されたものだそうです。
 これは103-153以下4連で、出場後は短期間だけブカシ~タンジュンプリオク間で使用されましたが、現在は再びデポック電車区に留置されています。機器が不調だとのことで、今後が少し気になります。
Depok電車区(2011.11.21)

 こちらは103-105以下4連です。正面に描かれているマークは、PT.KAIの新しいロゴです。一般公募で入選したもので、採用されると賞金が2000万ルピアだったそうで、それなら私も応募したのにとA君に言うと、「応募したければインドネシア国籍を取ってね」と言われ、あえなく撃沈されました。
 それはともかく、このマークは採用が決まってから、アメリカのAMTRAKのマークに酷似していると指摘され、問題になりかけたのですが、そのまま使用されることになりました。ディーゼル機関車はこのマークをあしらった新塗色になった車両が目に付くようになっていますが、電車では私が見た限り、この編成1本だけでした。
 こちらもデポック電車区で昼寝の毎日を送っています。前のエントリーでも書きましたが、訪問時点で103系は高運車がマンガライ工場に入場したままで、車体も手を付けられていないため、1本も運用に入っていないことになります。
Depok電車区(2011.11.21)

 最初、103系はボゴール電車区にいると聞いたのですが、デポックで見れてしまったので、ボゴールへ行く理由がなくなりました。案内して頂いたSさんに御礼を述べ、再びデポック駅へ徒歩で戻ってA君と別れ、元東急8500系でジャカルタへ戻りました。

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423:JABOTABEK探検記②ブキットドゥリ電車区訪問

2011/12/14 (Wed) 23:47
 インドネシア・ジャカルタ編の続きです。

 ジャカルタを訪問すると、必ず車庫を訪問するようにしていますが、前回訪問の際にも触れたとおり、見学許可を得るのには相当骨が折れます。その骨が折れる手続きを今回もA君にしてもらっていたのですが、出発の数日前になって「許可が下りなかった」との連絡が…。第一関門のPT.KAI(インドネシア鉄道会社)のオフィスでは許可が出たものの、その次のマンガライ鉄道工場では「12月のダイヤ改正と運行系統変更(これについては後のエントリーで触れます)の準備で忙しい」と却下されたそうです。
 しかし訪問するからには、今年ジャカルタへ譲渡されて車庫で整備中のはずの元JR東日本203系を見なければ、行く意味が半減してしまいます。そこで、迷惑にならないよう詳細は控えますが、お世話になっている方に頼んでやっとの思いで車庫見学ができることになりました。

 最初に訪問したのはブキット・ドゥリ(Bukit Duri)電車区、マンガライ駅からバジャイに乗って行きます。
 ここでデポック(Depok)、ボゴール(Bogor)電車区の分も合わせて見学の許可を頂き、早速区内を見て周ります。
Bukit Duri電車区(2011.11.21)

 最初に見たのは入換え中の元東京メトロ05系002Fでした。この編成は先頭車の正面・側面の方向幕にジャカルタ仕様のコマが加えられ、このときは"JAKARTA KOTA - DEPOK"と表示していたのですが、前日にこの表示のままボゴール行きに使用されていたのを見たので、やっぱりここはインドネシアなんだなぁと思わせられました。
Bukit Duri電車区(2011.11.21)

 電車区の一番端の線路には、9月22日にジャカルタに到着した元JR東日本203系のマト69編成(クハ203-109ほか)が留置されていました。側面のJRマークが剥がされていた以外はほぼそのままの姿です。203系の改造工事はデポック電車区で行うと聞いていたのですが、案内して頂いたスタッフの方に聞くと、「デポックにはもう置く場所がないからしばらくの間、ここに置くことになった」とのことでした。
Bukit Duri電車区(2011.11.21)

 インドネシアだという証拠に、夕方の運用まで昼寝中のKRL-Indonesia形との並びも押さえます。
Bukit Duri電車区(2011.11.21)

 主な改造はデポックで行うようになったとはいえ、ブキットドゥリでも塗装変更など一連の整備ができる施設を持っています。
Bukit Duri電車区(2011.11.21)

 新塗色になった元都営6271F。この青+黄は元東急車と元メトロ5000系、元東葉高速1000系に塗られてきましたが、都営6000系にも及ぶこととなったものです。青帯なので都営時代に近づくかなと思いましたが、正面は下半分を塗りつぶしてしまったので、近づくどころか印象が大きく変わってしまいました。
 現在、ジャカルタでは先頭車を女性専用としており、この編成も女性専用車(Kereta Khusus Wanita)のラッピングが行われていますが、非常に派手なものの綺麗な模様で、いやでも目立ちます。日本でもこれくらいやってもいいのではと思うのですが。
Bukit Duri電車区(2011.11.21)

 車庫横の工場内では、元都営の6272号車がクーラーの整備中でした。クーラーが動くからこそ高い運賃を取れるわけで、特に冷房の機器が悪いといわれている6000系は、整備も念入りに行わなければいけません。
Bukit Duri電車区(2011.11.21)

 ジャカルタの電車区には洗車装置はなく、全て手作業で洗われています。日本に比べると、決して美しい状態を保たれているとはいえない(これは鉄道側が悪いのではなく、乗客のマナーの問題だと思います)電車たちですが、こうして丁寧に整備されているのを見ると、部外者ながらありがたく思います。
Bukit Duri電車区(2011.11.21)

 ジャカルタ名物?の6000系先頭車改造車のうち、6187F(右)も新塗色になりました。改造から3度目の塗り替えですが、今回も似合っているのかいないのか、判断に困るスタイルになっています。
Bukit Duri電車区(2011.11.21)

 一通りの見学を終わり、お世話になった方々に御礼を言って車庫を退去しました。「これからすぐデポックに行くの?」と聞かれ、バジャイでマンガライ駅に戻ってデポックまで電車で行くと言うと、「マンガライよりテベット(Tebet、マンガライの一つ南側の駅)の方が近いよ」とのことなので、テベット駅まで行くことにしました。
 距離は近そうでしたが、道順の関係で時間的にはマンガライとあまり変わらないような気がしました。
Tebet(2011.11.21)

 この後、インドネシア大学(Universitas Indonesia)駅でA君と落ち合い、デポック電車区へ行くと、今回の訪問で最大のピンチを迎えることになるのですが、それはまた項を改めることにします。

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422:大阪地下鉄御堂筋線30000系登場

2011/12/11 (Sun) 22:49
 大阪市営地下鉄では、御堂筋線10系の置き換え用として30000系(谷町線の同形式車をマイナーチェンジしたもの)を導入することになり、1本目の31901Fが12月10日から営業運転を開始しました。
 しばらくは1編成のみで、2013(平成25)年度以降に増備を開始するそうです。御堂筋線のように本数の多い路線で1編成だけを待つのも非効率なので、最初は初日に行くつもりなどなかったのですが、ホームページに10日の運行時刻が発表され、しかも別件で外出予定の30分前に出れば寄り道できることが分かったため、一番列車のみ見てくることにしました。

 一番列車は新金岡(中百舌鳥検車場)から出庫し、なかもず8時18分発の千里中央行きとなります。8時になかもず駅へ行くと、思ったよりも多くの鉄道ファンが30000系を待ち構えていました。親子連れが多いのが目立ちましたが、肝心の子供よりも親の方が撮影等に熱心でした。
なかもず(2011.12.10)

 なかもず駅で発車待ちの31901F。谷町線でのデビュー時のように、登場記念のヘッドマークが付いていることを期待して来たのですが、装飾類は一切ありませんでした。
なかもず(2011.12.10)

 一本前の電車で先回りして西中島南方へ。ここも5~6人の先客がいて、駅員から「白線と柵から少しでも身を乗り出したら撮影をやめてもらいます」と警告されました。確かに一人、危険な姿勢で撮ろうとしているのがいましたが、無事に撮影できました。
中津~西中島南方間(2011.12.10)

 撮影後、すぐに乗り込んでようやく記念すべき初乗車となりましたが、御堂筋線なので車内は当然混雑しており、次の新大阪で降りないといけないので、イチョウの葉と銀杏の実をあしらった化粧板や液晶ディスプレイの案内表示器といった車内設備をじっくり見る余裕はありませんでした。
(2011.12.10)

 たった一駅、新大阪で下車して後追いでも撮影。2両目以降はビルの影になってしまいますが、時間的にこれは仕方ありません。この後、千里中央からなかもずまで走った後、たった1往復だけでこの日は入庫してしまいます。私はそこまで見ている余裕がなく、この後、本来の用事に向かいました。
新大阪(2011.12.10)

 御堂筋線で20年ぶりの新車(私とほぼ同世代の10系はともかく、21系でも登場からそんなに経っていたとは今さらながら驚きました)となる30000系ですが、府知事から滑り込んできた新市長が市営地下鉄の民営化を叫んでいる現状で、計画通り2年後から増備できるかどうか見ものだと思います。

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421:JABOTABEK探検記①タンジュン・プリオク駅のイベント

2011/12/06 (Tue) 16:51
 少し前のことになりますが、11月19~22日に再びインドネシアの首都ジャカルタを訪問してきました。そのときのことをしばらく書いていきますが、例によって現地の駅名が出てきますので、土地勘のない方はネットなどで路線図を探してご参照下さい。
 
 現地でいつもお世話になっているA君が「20日にタンジュンプリオク(Tanjung Priok)駅で鉄道のイベントがあり、特別列車が運行される」というので、私も行ってみることにしました。
 特別列車が出発するガンビル(Gambir)駅では、既に参加者が集まっており、中にはオランダ統治時代の服装を着ている人もいて賑やかでした。
Gambir(2011.11.20)

 特別列車は元東京メトロ東西線05系008Fが使用されました。特に装飾がされているわけでもなく拍子抜けですが、普段はタンジュンプリオクまで行く列車に充当されない形式なので、貴重な機会ではあります。
Gambir(2011.11.20)

 特別列車といえども乗り込むときの勢いの凄さは、いかにもインドネシアという感じがします。
Gambir(2011.11.20)

 この特別列車は現地のクラブ"KRL-mania"の会員のみが乗れるものだったのですが、A君が知り合いのメンバーに交渉してくれて、私たちも3号車に乗せてもらえることになりました。
 号車札にある"GERBONG"とは、最初はこの列車の愛称かと思いましたが、聞いてみれば単に「車両、客車、貨車」というそのままの意味でした。
Gambir(2011.11.20)

 テレビ局も取材に来ていました。
(2011.11.20)

 ガンビル駅09時10分(予定よりも10分遅れ)に発車した特別列車は、ゴンダンディア(Gondangdia)やマンガライ(Manggarai)といった主要駅をあっさり通過し、ジャティネガラ(Jatinegara)で10分間停車、スイッチバックして東線に入ります。
 ラジャワリ(Rajawali)からは普段、1日3往復ずつの電車(ブカシ〔Bekasi〕発)と客車列車しか走らないタンジュンプリオク線に入ります。以前のタンジュンプリオク線は最悪な状態の線路を30km/hくらいに減速しても左右に大きく揺れるような区間でしたが、今では整備が進み、以前ほどの乗り心地の悪さはなくなりました。
 10時05分に、特別列車は壮麗さを誇るタンジュンプリオク駅に到着、この駅は低床ホームですが、乗客はお構いなしにどんどん飛び降りていきます。
Tanjung Priok(2011.11.20)

 タンジュンプリオクは航路が主体だった頃はジャカルタの玄関口でしたが、今ではすっかり寂れてしまっており(貨物港としては今でも栄えています)、オランダが威信を掛けて建設した駅だけが往時の面影をとどめるのみとなりました。ここに05系が入るのは、ジャカルタに到着したとき以来ではないかと思っていたのですが、A君によると以前、電車の中でファッションショーをするというイベントがあり、その際に入線したことがあるそうです。
Tanjung Priok(2011.11.20)

駅構内では、"Pustaka"(インドネシア語で「書物」「図書館」の意)という初めて見る客車が展示されていました。
Tanjung Priok(2011.11.20)

 車体にはジャカルタコタ(Jakarta Kota)やジャティネガラといった古い駅舎が描かれ、しかも非常に美しく整備されています。インドネシアはこのように綺麗な車両と、エコノミのような壮絶に汚い車両の差が激しすぎ、同じ事業者が所有しているとは信じられないことが多いです。
Tanjung Priok(2011.11.20)

 車内に入ってみると、本棚のようなものはありました(床にあるのは恐らく振動で本が落ちるのを避けるためと思われます)が、本は一切なく、インドネシア鉄道の歴史について簡単な展示がされていました。
Tanjung Priok(2011.11.20)

 駅舎内では広いコンコースを利用してステージが設けられ、コンサートや民族舞踊が行われていました。
Tanjung Priok(2011.11.20)

 また、別の一角には物販ブースもあり、賑わっていましたが、鉄道グッズを売っているかもと思って近付いてみると、ほとんどが工芸品や食べ物と、鉄道に関係ないものばかりでした。
 その中で唯一鉄道絡みだったのが、インドネシアの鉄道ファンクラブの一つ"Edan Sepur"(「列車狂」といった意味か)のブースで、写真や切符などを展示しているだけでしたが、ここに最も人だかりができており、ジャカルタの主だった友人たちともここで会えました。
Tanjung Priok(2011.11.20)

 物販ブースの一つ、インドネシアのオムレツです。フライパンに米の粉をひき、その上から卵を落とすのですが、名前を忘れてしまいました。
Tanjung Priok(2011.11.20)

 イベントの間も少ないとはいえ定期列車の発着があります。
 普段、列車が発着するホームは05系と"Pustaka"に占領されているので、電車は一番端のドーム外ホームに発着していました。ブカシ(Bekasi)発着は相変わらず、元都営6000系の大改造車6151Fでした。
Tanjung Priok(2011.11.20)

 ボゴール(Bogor)からの電車(かつてのアンチョール(Ancol)行き行楽列車"Ancol ekspres"をタンジュンプリオクまで延長したもの)は元東急8500系でした。どちらも10分もしないうちに折り返して発車していきますが、外から見ていると揺れが相当激しいのが目立ちます。ほとんど乗客が乗っていないので影響は少ないと思いますが。
Tanjung Priok(2011.11.20)

 改札口で乗客のチェックをしていた?人形。
Tanjung Priok(2011.11.20)

 05系の特別列車は最初、14時まで停車していると聞き、イベントがこの内容では時間を持て余すものの、かといって電車以外の交通手段が外国人には難易度の高いミクロレット(小型乗合バス)やバイクタクシーくらいしかないタンジュンプリオクでは、A君がいるとはいえ、きついなぁと思っていると、11時45分に発車すると案内されました。
 これ幸いと電車に戻ろうとすると、太鼓での見送り付きでした。
Tanjung Priok(2011.11.20)

 帰りの車内は、インドネシア人鉄道ファンのみんなとの雑談の時間になりました。驚いたのは私の他にも日本人がいたことで、その中でジャカルタ在住のK君と話していると、これも意外なことに出身が比較的近所ということも分かり、ジャカルタはそっちのけで関西圏の電車の話で盛り上がってしまいました。恐らく、周囲の人々には私たちが話しているのが日本語らしいということ以外は何にも分からなかったことでしょう。
Tanjung Priok(2011.11.20)

 ガンビル駅に12時29分に到着した特別列車は、そのままマンガライ駅まで戻って入庫するとのことで、私たちもマンガライまで乗せてもらいました。
Manggarai(2011.11.20)

 「折角だからバライヤサ(Balai Yasa)を見に行こう」と、駅裏に回ります。バライヤサ・マンガライとは駅の後方に広がるマンガライ鉄道工場のことで、日本からの譲渡車両はジャカルタ到着後、一旦ここの入場して整備されます。工場はガードが非常に固く、普段はめったに見学の許可が下りないのですが、車両出入口の門の隙間から構内をのぞくことができるので、なぜか定番の鉄道ファンスポットになっています。
 やはり来てみるもので、入場中の元JR103系高運車やジャカルタに到着したばかりの元東京メトロ6012F、試運転を行っているインドネシア国産(機器類はドイツ製)の新車KFW I-9000形などがいました。
Manggarai(2011.11.20)

 その後もホームでだべっていると、あの"Pustaka"もマンガライ客車区(駅と工場の間にある)に戻ってきました。
Manggarai(2011.11.20)

 この後、駅近くのマクドナルドで昼食をとり、皆と別れてお開きとなりました。  

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420:阪堺 阪堺線開業100周年

2011/12/05 (Mon) 01:09
 阪堺電車では阪堺線恵美須町~市之町(現・御陵前)間が開業してから12月1日で100周年を迎えました。
 12月1日にセレモニーや記念電車の運転を行い(平日…)、公募写真展が開催されるなどイベントが行われましたが、その他にも電車に記念フラッグを取り付けています。
綾ノ町(2011.12.4)

 取り付けは12月1~31日の間で、モ601・701形の全車(18両)が対象です。デザインは電停などに貼ってあるポスターとほぼ同じデザインです。
(2011.12.4)

 上の画像を撮っている間に、古豪モ161形も来ないかと待っていると、電車の時間でもないのに急にモ162が現れました。貸切のようですが、何か雰囲気が違います。
神明町~綾ノ町間(2011.12.4)

 南海(ダイエーでもソフトバンクでもない)ホークスファンの集まりのようで、車内では南海ホークスのユニフォームを着た人々が何やら大声で語り合っていました。
 ホークスファンの貸切は、今年1月に南海・阪堺で参加者を一般募集して行ったことがありますが、今回は内輪だけの集まりだったようで、事前に全く知らずに偶然見たので驚かされました。
 電車ファンの貸切ではない割には前後でマークやフラッグのデザインが異なり、マニアックな装飾になっていました。
綾ノ町(2011.12.4)

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419:まだまだ続く京阪石坂線

2011/12/05 (Mon) 00:14
 相変わらず、京阪石山坂本線ではラッピング電車が乱れ咲き状態です。
 ようやく再訪でき、撮影してきました。

機動戦士ガンダムAGE(エイジ)
 前から撮影しようと思ってできていなかったもので、10月17日から1年間、619-620にラッピングされています。「けいおん!」も大概でしたが、こちらもインパクトは十分です。
浜大津~三井寺間(2011.12.3)

 車内も派手に装飾されているそうですが、今回は外観だけ撮影しました。
浜大津~三井寺間(2011.12.3)

映画 「源氏物語 千年の謎
 12月10日から公開される映画のPRで、11月28日から1月下旬まで705-706にラッピングが行われています。今のところ、ラッピング電車としては最新になります。
浜大津~三井寺間(2011.12.3)

ふれあい」号
 大津市社会福祉協議会によるもので、東日本大震災被災地からのメッセージ掲載と、「おおつボランティア・市民活動フェスタ」のPRを607-608の車体にラッピングしています。10月24日から来年3月31日までの運転です。
三井寺~浜大津間(2011.12.3)

大津の京阪電車を愛する会」号
 10月27日から来年1月中旬まで、601-602に「愛する会」会員の描いた大津線の絵やメッセージを載せています。
 貼られている絵の中に、700形を京阪特急色に塗ったものがあったのですが、大津線ではかつて260・300形で実績のある塗色なので、私もこれはぜひ見てみたいと思います。京阪ならいつか実現しそうに思うのですが…。
浜大津~三井寺間(2011.12.3)

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418:京阪 ノンストップ特急

2011/12/04 (Sun) 22:40
 京阪では10月22日~12月4日の土休日に「ノンストップ京阪特急」が淀屋橋→出町柳間の片道のみ2本運転されました。
 「特急」となってはいますが、現在の特急は平成12年7月改正から中書島と丹波橋、平成15年9月改正から枚方市と樟葉にも停車しているため、実際の種別はワンランク上の「快速特急」でした。これも今年5月に廃止されて以来、半年ぶりの復活です。
京橋(2011.12.3)

 京橋~七条間がノンストップだった頃の特急に乗ると、京橋を出てしばらくすると「七条には、只今から約30分で到着いたします」という放送が流れていたのですが、今回もそれが流れるかどうか、結局乗車の機会がなく確認できませんでした。
 臨時列車には必ず「臨」の円板を付け、ヘッドマークも用意するところが京阪らしいです。
門真市~西三荘間(2011.12.3)

 上の画像を撮影した直後、2本目のノンストップ特急となる8003Fが淀屋橋に向けて回送されていきました。8000系は特急以外に使用されるときは鳩のマークを隠しますが、それだけで違う車両のように見えてしまいます。
西三荘~門真市間(2011.12.3)

 ノンストップ特急は来年の3月中旬~5月下旬にも再び運転される予定で、現在、愛称を募集中です。 
古川橋~大和田間(2011.12.3)

 今では途中駅からの特急への乗車が結構多いので、今さらノンストップに戻すのは不可能だと思いますが、臨時でも走らせるのは、京阪の意地ではないかと思います。やはり京阪特急はこうでなくては。来春はぜひ乗車もしてみたいと思います。

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