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372:またまた阪和線103系混色

2011/05/31 (Tue) 22:51
 JR阪和線103系に、5月22日から新たな混色編成が登場しました。
 前にも採り上げた大和路線から転属してきたウグイス色編成の中間2両(モハユニット)を他の編成と差し替え、ウグイス+スカイブルーの混色(クハ103-149+モハ103-524+モハ102-680+クハ103-148)となりました。
津久野~上野芝間(2011.5.31)

 なお、この編成組み換えで発生した残り4両(クハ103-68、クハ103-122〔スカイブルー〕、モハ103-460+モハ103-616〔ウグイス〕)は5月末に引退したそうです。
長居~我孫子町間(2011.5.31)

 オレンジも走る阪和線、まだまだ楽しめそうです。
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371:動画その2

2011/05/29 (Sun) 14:37
 もう一つ試験ということで、少し前に編集した動画を掲載します。



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370:動画

2011/05/29 (Sun) 14:28
 試験的に貼り付けてみます。



※タイトルに"2011.4.7"とありますが、"2011.5.7"の誤りです。
 「試験的」ということでご容赦下さい。

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367:阪和線の103系

2011/05/26 (Thu) 23:59
 最近、暇があれば阪和線を撮影しています。
 恐らく3年ほど前までの私なら見向きもしないはずだったのですが、3月12日のダイヤ改正前後から、103系が妙な具合になり始め、近場ということもあってお手軽なネタとして重宝しています。少し前の画像もありますが、私が撮影できた編成をお目にかけます。

 環状線のオレンジ色編成が3月15日から順次転属してきました。
 クハ103-829~182は3月15日から運用開始しています。
杉本町~浅香間(2011.4.24)

こちらはクハ103-800~261、いずれも所属標記が「大モリ」(森ノ宮)のままです。 
長居~我孫子町間(2011.4.24)

 注目を集めているのがこのオレンジ+ウグイス(クハ103-797~804)で、4月11日から運用開始しました。
津久野~上野芝間(2011.5.15)

 これは以前に環状線で走っていたものです。
上野芝(2011.5.15)

 もう一つの変り種がこちら。3月上旬に、クハ103-237~238の先頭車だけを振り替えた結果、天王寺側にウグイス色のクハ103-97が連結され、妙な混色編成になりました。この編成は1週間ほどで姿を消し、編成は元に戻されたのですが、そのまま廃車されてしまいました。なお、クハ103-97も、和歌山方先頭車だったクハ103-616とともに4月上旬に吹田工場へ廃車回送されていったそうです。
天王寺(2011.3.13)

 ウグイス色といえば、大和路線から転属してきた4連(クハ103-149+モハ103-460+モハ102-616+クハ103-148)が3月2日から運用開始されました。一時期よく見かけたのですが、最近はどうも運用に入っていないようで、動向が気になります。
三国ヶ丘~堺市間(2011.3.21)

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369:長野電鉄2000系貸切運転

2011/05/23 (Mon) 23:49
 5月21日に、友人K氏が長野電鉄2000系を貸切運転するというので、またもや行ってきました。
 行程は4月に参加した貸切とほぼ同じということで、D編成は貸切の前に定期運用に入ったのですが、前日に所用があって前泊できず、当日の朝に夜行バスで長野入りした私は、長野から折り返して須坂に戻る1本を撮影するのがやっとでした。
本郷~桐原間(2011.5.21)

 さて、貸切運転の前に撮影会からスタートです。これは4月のときと同じ特急用車両4並びで、運用中の「スノーモンキー」2100系が横を通ると5並びになるのは4月にもあったとはいえ、手間のかかることなので、Kさんと長野電鉄さんのつながりが強くないとできないことだったと思います。
須坂車庫(2011.5.21)

 続いて、これが最大の山場といってもいいくらいですが、3月に引退していた2000系A編成が、疎開先の信州中野から戻ってきていたので、今回は特別に車庫で展示して頂き、D編成や「ゆけむり」1000系や「スノーモンキー」との4並びが実現することになりました。
須坂車庫(2011.5.21)

 この並びが再び見られるとは、驚きと嬉しさで一杯です。
須坂車庫(2011.5.21)

 さて、いよいよD編成が屋代線を走ることになり、最初の撮影地に行くと、横の田んぼでは田植えの準備中でした。作業をしているおじさんに「写真を撮るからどいて下さい」とも言えず、時間的に他の場所にも移れずで、このような仕上がりに…。
須坂~井上間(2011.5.21)

 信濃川田で長時間停車中に追い越し、もはや定番撮影地になった大室のトンネルに行きました。信濃川田~松代間で順光になるのはここくらいしかありません。もう撮り飽きたアングルとはいえ、やはり車両がいいので盛んにシャッターを切ってしまいます。
大室~金井山間(2011.5.21)

 松代で30分ほど停車している間に再び追い越し、次は象山口駅近くのカーブへ。この時間は光線状態がいいはずが、太陽の回るのが早くてトップライトになっていました。同じ単線区間で、電車を大きめに撮っても、長野線と屋代線ではどこか雰囲気が違うような気がします。
松代~象山口間(2011.5.21)

 屋代駅では停車中に、行先表示を色々と変えてもらい、ミニ撮影会になりました。D編成の方向幕には「朝陽」や「信濃竹原」といったレアな行先も入っているのですが、撮影会で必ずリクエストされるのは今はなき「木島」が多いですね。長電さんのご好意で、横に到着した3500系定期列車ぼ行先も、少しの間だけ「木島」にしてもらい、長電全盛期(?)の再現となりました。
屋代(2011.5.21、許可を得て撮影)

 折り返しはどこで撮っても逆光ですが、そこをあえて狙ってみました。
岩野~象山口間(2011.5.21)

 信濃川田駅で30分ほど停車中に再び撮影会です。A編成が付けていたヘッドマークも出てきたのですが、驚いたことにA・D編成では取付金具の幅が違うとかで、うまく掲出されず妙な感じになりました。
信濃川田(2011.5.21)

 撮影会も終わり、発車を前にヘッドマークを取り付け、ビスで固定させているところです。信濃川田から須坂までは、私も乗車することにしました。
信濃川田(2011.5.21)

 再び須坂に戻り、撮影会第2部が始まりました。まずは2000系A・D編成の並びから。
須坂車庫(2011.5.21)

 羽根マーク同士の並び。よく見たら、A編成は方向幕が取り外されています(2002のみ)。「登場当時の姿に近く見せるため」という趣向だそうです。
須坂車庫(2011.5.21)

 続いて、2000系D編成と「スノーモンキー」「ゆけむり」との3並びで撮影会は終了となりました。この並びは2000系を中央に持って来るようK氏が熱望したそうで、まるで水戸のご老公が助さん格さんを従えているような感じです。これこそがK氏のこだわりで、電車もそうですがK氏のご満悦な表情も見ものでした。
須坂車庫(2011.5.21)

 この後、事務所前でグッズ販売会となりましたが、その傍らの側線にはED5001が「さぁ撮りなさい」と言わんばかりに留置してありました。もちろん撮らせてもらいました。
須坂車庫(2011.5.21)

 既に廃車になっていたA編成まで登場させての濃い内容で、K氏の執念…もとい情熱と長野電鉄さんのご理解がなければ実現しなかったと思います。この場からも御礼申し上げます。

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368:阪急の臨時列車

2011/05/17 (Tue) 00:05
 またもや阪急です。
 5月14・15日にも京都線では臨時列車が運転されました。
 14日のダイヤ改正から、6300系「京とれいん」は梅田~河原町間の快速特急に使用され、土日祝日だけながら1日4往復と乗車できる機会が増えました。
梅田(2011.5.15)

 神戸・宝塚などからの嵐山線直通列車も、あまり利用されていないような気がするのですが、引き続き運転されています。最初はこれを撮影するつもりなどなかったのですが、今回からヘッドマークが付いたというので夕方の嵐山発を狙いました。
 梅田行きは「さがの」。
淡路~崇禅寺間(2011.5.15)

 ヘッドマークはありませんが次に来たのは「京とれいん」。
淡路~崇禅寺間(2011.5.15)

 この2日間は、地下鉄堺筋線直通も運転されました。一昨年に引き続き、地下鉄66系を6両に減車して使用されています。方向幕は白幕と愛想なしですが、ステッカーが前回が「臨時」だったのに、今度は「直通特急」になっていました。
淡路~柴島間(2011.5.15)

 高速神戸行きは「あたご」でした。
淡路~崇禅寺間(2011.5.15)

 最後に来た宝塚行き(宝塚線ではなく、神戸・今津線経由です)は「とげつ」でした。
十三(2011.5.15)

 この他に、河原町~嵐山間の直通快速特急には「おぐら」というのが付いていたそうですが、もともと撮る予定のなかったものなので、京都まで足を運ぶ時間がなくなり、これは撮影できませんでした。
 恐らく、秋の行楽シーズンにもこのような列車が運転されるはずなので、それを待つことにしましょう。
十三(2011.5.15)

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366:阪急「レールウェイフェスティバル2011」②阪急ミュージアム

2011/05/12 (Thu) 23:10
 「阪急レールウェイフェスティバル2011」の展示の中に、「阪急ミュージアム」というのがありました。
 行ってみると、どこかで見たことがあるような物が並んでいます。今は無き宝塚ファミリーランド内にあった「電車館」に展示されていたカットボディでした。小学生の頃は電車館の中の売店でミニチュアの方向板を買ってもらうのが楽しみだったことを思い出し、とても懐かしい気分に浸れましたが、撮影自体は親子連れが途切れるのを待たないといけないので、結構至難の業でした。

 5200系5251は記念撮影コーナーになっていました。
(2011.5.8)

 800形800の運転台。これはもうカットボディともいえないのでは…。
(2011.5.8)

 能勢電気軌道2の半分だけ。
(2011.5.8)

 600系や920形も貫通扉だけですがしっかり保存されています。
(2011.5.8)

 300形301のカットボディ。小学生の頃、この運転台に座って親に写真を撮ってもらったことがあります(恥ずかしいのでここには載せませんが)。 
(2011.5.8)

 1010系1010のカットボディ。断面を分かりやすくするために、車体中央を輪切りにされていますが、301とつなげて展示してあったので、最初は存在に気付きませんでした。解説板がないと、1010だということも分からないほどです。
(2011.5.8)

 ED2003のカットボディ。新京阪鉄道(現京都線)が製造した電気機関車で、廃車が1955年なので、カットボディとはいえよくぞ残してあったものと思います。
(2011.5.8)

 920形920の生首。 
(2011.5.8)

 "P-6"のトップナンバー100の生首。920と100にはスイッチが付いていて、前照灯を自由に点灯させられるようになっているので、なかなか子供が離れず、この画像を撮影するまで相当待たされました。それを分かって来ているので、これ以上の文句は言えませんが。
(2011.5.8)

 「電車館」は1983年に閉館し、後を引き継いだ「宝塚のりもの館」も2003年8月31日のファミリーランド閉園と運命をともにしましたが、展示品のうち阪急関係は正雀に移され、大阪市電の台車は交通局に里帰り、京都市電とSL103号は加悦SL広場で展示と、いずれも健在なのは嬉しいことです。
 正雀にある分については、もう少し見やすい形に整理して展示してくれたらと思うのですが、阪急ならいずれはやってくれるのではという気がします。

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365:阪急「レールウェイフェスティバル2011」①保存車

2011/05/12 (Thu) 00:54
 5月8日に阪急正雀工場で開催された「阪急レールウェイフェスティバル2011」に行ってきました。
 以前は誰でも入れたときはよく行っていたのですが、事前申込制になってからは初めてです。

 今回わざわざ申し込んでまで行ったのは、この600形602が初めて展示されたからで、会場に入ると、他の展示物には目もくれずに真っ先に向かいました。
(2011.5.8)

 600系は1926年川崎造船所(現川崎重工)製の日本初の全鋼製車両で、神戸・宝塚線で使用されて1975年に廃車後、車体と台車だけ(電装品は他車に流用)が川崎重工兵庫工場で保存されていましたが、阪急電鉄が引き取ることになり、昨年12月27日に兵庫から正雀までトレーラーで搬送されてきたものです。
(2011.5.8)

 とりあえずは外観が復元されましたが、細かいところまで再現されています。このご時勢に、直接利益を生むわけではない保存車両にここまで力を入れるとは、よほどの考えがないとできないことだと思います。
(2011.5.8)

(2011.5.8)

 内装はこれから復元作業に取りかかるとのことで、窓には内側から紙が貼られていて、車内は見えなくなっていました。
(2011.5.8)

(2011.5.8)

 正雀工場にいる保存車のうち、自走できる900形900と"P-6"こと100形116は、今回も乗車体験で構内を往復していました。
(2011.5.8)

 結構運転距離が長いので驚きましたが、私が行った時点で既に整理券は配布終了しており、乗車は叶いませんでした。保存車には他に1形、10形がいるのですが、今回は展示されていませんでした。
(2011.5.8)

 保存車ではありませんが、900形+P-6の横でマルチプルタイタンパーの実演が行われていました。
(2011.5.8)

 同じく、横で行われていた9300系使用の洗車場体験。P-6との並びを期待しましたが、タイミングが全く合わず断念しました。
(2011.5.8)

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362:アルピコ交通上高地線

2011/05/11 (Wed) 00:37
 最近、長野県に行くことが多く、メインの目的である長野電鉄から上田電鉄としなの鉄道に行くことはあるのですが、もう一つの地方民鉄である松本電鉄にはとんとご無沙汰になっていました。
 3000系導入直後に行ったきりで、後は「しなの」が松本駅に停車した際に車窓から眺める程度だったのですが、先日、長野電鉄に行くついでに思い立って訪ねてきました。

 派手なラッピングが目を引く3000系は、導入から12年が経っても派手なままでした。白基調なのですぐに汚れるだろうと思っていたのですが、そんあ風でもなく綺麗に保たれているのはさすがです。
 入線当初はステンレス車体のままで、そのまま使用されると思われていましたが、試運転開始直前になって急に全面ラッピングされて驚いたのも遠い想い出です。
下新~北新・松本大学前間(2011.4.16)

 非常に地味な話題ですが、3000系の方向幕が4月22日から黒地に白文字、ローマ字入りの物に変更されるそうです。車内放送にも外国語が追加されるそうで、上高地を訪れる外国人の利用が増えているのでしょうか。
訪問の際の方向幕(2011.4.16)

 この日、運用されていた2編成にはヘッドマークが付いていました。3005Fには「御柱祭」。
(2011.4.16)

 ヘッドマークは沿線の市町村合併や、かの「松本ぼんぼん」の際に付くのは知っていましたが、バリエーションが増えているようです。
下新~北新・松本大学前間(2011.4.16)

 この3007Fのヘッドマークは「かたくり祭、股くぐり祭」でした。
(2011.4.16)

 新村車庫には平成12年に引退した5000系5005-5006が今も置かれています。5000系最期の頃には度々通いましたが、あのときは奇抜な塗り分けだと思っていた5000系の塗色も、3000系に比べればまだおとなしいとも今にして思います。保存状態はあまりよくなさそうですが、定期的に補修と公開が行われているようです。
新村(2011.4.16)

 ところで、現地に行くまで全く知りませんでしたが、松本電気鉄道㈱はこの4月1日に諏訪バス・川中島バスと合併して社名を「アルピコ交通㈱」に変更していました。"Alpico"は松本電鉄のCIだったと思うのですが、遂に正式名称にしたことになりますどこを走っているか分からないという点で、私は「流鉄」とともに違和感を覚えたのですが(「阪急」「小田急」のように、正式名称より略称が有名になって改称というのは分かりますが、そこまでは時間が経っていないと思うので)、私が案ずるまでもなく、駅の表示等はほとんど「松本電鉄」のままでした。

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364:阪急「京とれいん」ふたたび

2011/05/10 (Tue) 21:55
 最近、阪急関係の話題が多くなっていますが、気にせず書きます。
 3月19日から梅田~嵐山間で運転されている6300系「京とれいん」(6354-6804-6904-6814-6914-6454)、5月14日のダイヤ改正からは運転区間が梅田~河原町間となるため、嵐山線で撮影するべく出かけてきました。
 
 これは京都線内で撮影した嵐山行き。
 十三~南方間(2011.4.24)

 桂駅で京都線から嵐山線へ入ってくるところです。
桂(2011.5.8)

 今まで私が撮影した画像は正面がちでよく判らなかったのですが、側面にはラッピングが行われています。先頭車と中間車でデザインが違います。派手すぎないので、この程度ならいいと私は好感を持っていますが、上の画像の先頭車正面の扇はないほうがいいのではと思います。
桂(2011.5.8)

 快速特急運用後は、嵐山→桂を各駅停車で運用して桂車庫に入庫します。本日のお目当てはこの桂行きで、上桂駅で撮影後、1駅だけですが乗車してみました。
松尾~上桂間(2011.5.8)

 車内を初めて見たのですが、外観に比べてあまりの変わりように驚きました。京都側2両5・6号車(6914-6454)の車内は千歳緑色の京唐紙「麻の葉」をイメージした色調にしてあるそうです。
(2011.5.8)

 3・4号車(6904-6814)は京町家をイメージした半個室で、今まで走っているのを見ても、ここが一番混んでいました。嵐山線内では座れるかなぁと思ったのですが、この2両だけは座席が全て埋まっている状態でした。この画像は桂駅に到着し、乗客が全て降りた後のものです。これは一度座ってみたいものです。

(2011.5.8)

 3・4号車は扉付近がデッキになっていて、観光案内のパンフなどが置かれています。このあたりの落ち着いた色調が、いかにも阪急らしい感じがします。通勤用には使わないので、全車デッキ付きにしてもよかったのではと思うくらいです。 
(2011.5.8)

 大阪側1・2号車(6354-6804)は、赤紅色の京唐紙「蘭の華散らし」をイメージしたものです。かつての京阪特急の座席のような色合いですが、3種類の内装とも外国人には大ウケしそうな雰囲気です(車内放送は日・英・中・韓の4か国語で行われる)ので、海外でPRに努めれば興味を持たれるのではと思います。
(2011.5.8)

 阪急の話題は後しばらく続きそうです…。

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363:泉北高速鉄道開業40周年

2011/05/09 (Mon) 23:54
 泉北高速鉄道は今年4月1日で開業40周年を迎えました。その記念として、3月1日から5月8日まで下のようなデザインのステッカーが全編成に貼られました。
(2011.5.5)

 とはいえ、貼られているのは先頭車側面乗務員扉横の戸袋だけなので、普段ならこの程度のものを撮影などしないのですが…
南海天下茶屋(2011.5.8)

 何事にも例外はあるもので、この通りにステッカーを貼れない編成がいます。まずは7000系7510F、側面が広告ラッピングになっているため、正面貫通扉に少し大きめのものが貼られていました。
南海天下茶屋(2011.5.8)

 他の7000系もこのようにしてくれたらと思いますが、キャラクターの「ベアル」が真剣白刃取りというか、真っ二つになっています。
(2011.5.8)

 もう一つは5000系5505F「ハッピーベアル」、戸袋にもイラストが描かれており、かといって正面にもステッカーを貼るスペースがないため、ヘッドマークが掲出されました。
南海堺東(2011.5.8)

 ヘッドマークといえばもう一つ、3000系には板差しが残っているため、こちらも掲出されました。
南海新今宮(2011.5.8)

 3000系でも中間車改造の3550形には板差しがないものの、原型車と合わせるためか、ステッカーは正面に貼られました。
南海新今宮(2011.5.5)

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361:近鉄「さくらライナー」リニューアル

2011/05/08 (Sun) 19:21
 近鉄では26000系「さくらライナー」にリニューアル編成が登場し、4月2日から営業開始したというので、見てきました。

 こちらは原型の26102Fです。私の中では新車の印象が強いですが、20年選手になっていたのですね。
吉野口(2011.4.24)

 26101Fは昨年10月から今年3月にかけて外観・内装ともリニューアル改造が行われました。桜ということで車体裾のグラデーション帯部分が緑からピンク~赤に変更されました。登場当時、「さくらライナーなのになぜ緑なんだろう(吉野山ではなく、沿線全体の環境をイメージしたものだったそうです)」と疑問に思いましたが、21年目にして名前と印象が一致したわけです。
今川(2011/4/24)

 ゴールデンウィーク中は「さくらライナー」が増発されるため、リニューアル未施行の26102Fとの共演も見られました。平日朝のみ運転される4+4の増結運用でも新旧2色共演が見られましたが、そちらは宮仕えの身にはどうすることもできませんでした。この新旧8連運用も、5月9日朝がラストになるそうです。
越部(2011.5.5)

 上の並びを撮影後、吉野から折り返してくる26101Fに乗車してみました。
六田(2011.5.5)

 車内は配色等も大きく変わり、こちらも桜をイメージした配色になっています。
IMG_2210.jpg

 デラックスシートも上品な感じです。配色は違いますが、基本的な設備はアーバンライナーnext等とほぼ同じのようです。
IMG_2207.jpg

 洗面所周辺はアーバンライナーや"ACE"そのものですね。
IMG_2217.jpg

 以前は、座席から直接前面展望が見られましたが、改造後は扉とデッキが設けられ、見られなくなりました。その代わりでしょうか、デッキ部分には運転台のすぐ後に、誰でも座れる展望席が設けられました。
IMG_2221.jpg

 リニューアル車の側面に描かれたシンボルマークも桜の花びらをデザインしたものに変更されました。私はこちらの方がいいと思います。
IMG_2225.jpg

 26102Fもゴールデンウィーク後には入場し、秋頃にはリニューアルされて再登場するとのことです。

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360:インドネシア⑤夜行列車の旅

2011/05/06 (Fri) 14:20
 インドネシア訪問はこれで6回目となりますが、ジャカルタしか行ったことがない私、今回はいつもより長く滞在するので、1日くらいジャカルタから離れてみようと夜行列車に乗ってみることにしました。

 以前、ジャカルタのターミナル駅、ガンビル(Gambir)駅で発車待ちの長距離列車(エクセクティフ〔Eksektif〕といいます)の車内をのぞいてみたところ、驚いたことに(失礼)日本の夜行列車より遥かに豪華な設備で、一度乗ってみたいと思っていたのでちょうどいい機会です。

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359:インドネシア④電車区訪問

2011/05/06 (Fri) 14:11
 ジャカルタの話を続けます。
 JABOTABEKにはブキッドゥリ(Bukit Duri)、デポック(Depok)、ボゴール(Bogor)、ベカシ(Bekasi)に電車区があります。鉄道側の資料では、タンゲラン(Tangerang)とセルポン(Serpong)にも電車区があることになっているのですが、私にはどうみても留置線にしか見えません。

 さて、ジャカルタで電車の車庫を訪ねるのは、実はかなり骨の折れることです。というのは、手続きが非常に煩雑だからで、まずジャカルタ・コタ駅構内のインドネシア国鉄(PT.KAI)オフィスに所定の様式の申請書(訪問希望者全員の氏名を記入)を提出し、許可状が出る(申請すれば必ず許可が出るというわけではないそうです)とマンガライ工場の事務所に持参して許可を得るという仕組みだそうです。
 これを3日ほど前までに済ませておくのは、旅費だけでなく行程もギリギリな宮仕えの身にはとてもできません。ありがたいことに、ジャカルタ在住の友人A君が手続きをしてくれたので、今回も車庫訪問ができました。

 最初に訪れたのはブキット・ドゥリ電車区です。最初はここが電車のメインの車庫だったのですが、手狭になったのと大雨や洪水ですぐに浸水する立地のため、2008年にデポック駅近くに新しい車庫・工場が開設されました。
 当初はデポックへ全て移転すると聞いていたのですが、今も使用され続けているうえに、日本から来た電車もここで改造工事を受けることが多いです。
 マンガライ駅前からバジャイ(屋根付きバイクタクシー)かバスに乗って5~6分で、住宅地の真ん中にある車庫の正門前に着きます。マンガライ駅から電車区までは単線の引込み線が通じていますが、電車が来なければ廃線跡と見まがうばかりの壮絶な状態です。
ブキット・ドゥリ電車区(2011.4.29)

 入換用気動車NR形がいました。本来は救援用らしいのですが、タンジュンプリオク港に陸揚げされた電車はこのNRか、DLに牽引されてマンガライまで回送されます。最近、整備されて美しい車体になりましたが、尾灯が独特な形状になっています。
ブキット・ドゥリ電車区(2011.4.29)

 上の画像は正門前の踏切から撮ったもので、前の道はかなり交通量が多く騒々しいのですが、反対側に周れば実に閑静な雰囲気で、近所の子供たちの遊び場になっています(正門内の広場でも子供が遊んでいますが)。東京メトロからの3形式(右から5000・6000(改装工事中)・05系)とインドネシア国産のKRL-Indonesia形が羽根を休めていました。 
ブキット・ドゥリ電車区(2011.4.29)

 改装中のメトロ6000系などを見学した後、マンガライ駅へ戻ろうとすると踏切が鳴り、庫内から都営6000系が出てきました。「出庫電車ならマンガライ駅まで乗せてもらえる」と同行のA君は喜び、運転士に頼みに行こうとしたのですが、車庫内で転線のために動いただけで、結局私たちはバジャイで駅に戻ることになりました。
 正門のガードマン氏がポイント操作を行っています。許可状を持っているとはいえ、このガードマン氏がダメだと言えば車庫には入れないわけで、インドネシアではどこでもそうですが、チップは欠かせません。
ブキット・ドゥリ電車区(2011.4.29)

 続いて行ったのはデポック電車区、ここはブキット・ドゥリ以上に入場が厳しく制限されています。デポック駅からタクシーやバイクタクシーに乗ると5分ほどで着きますが、ここは引込み線に沿って細い通路があり、徒歩でも15分ほどで行けます。むしろ、タクシーの方が遠回りになるようです。
デポック(2011.4.29)

 順番は前後しますが、デポック駅から車庫へ入庫していくメトロ7000系です。
デポック(2011.4.29)

 デポック電車区・工場は日本からのプラント輸出で建設されたもので、正門から事務所等までも相当な距離があります。電車区に入るということで、A君の友人も合流し、そのうちバイクで来たR君が皆を順番に後ろに乗せてピストン輸送してくれました。
 JRでもこれほど立派な車庫はないだろうというくらい規模が大きいのですが、事務所棟の横にはイスラム式の礼拝堂が設けられているのはやはりインドネシアです。ここは全体が白でまとめられていて、非常に清潔感あふれる雰囲気です。
デポック電車区(2009.7)

 デポック駅側から見て、手前に車庫(留置線)、奥に工場という配置ですが、先に工場を見学します。
 工場横の2線(1・2番線)は洗浄線になっています。意外にも電車の洗浄は全て手作業で行われています。
デポック電車区(2011.4.29)

 3・4番線は日常検査が行われています。
デポック電車区(2011.4.29)

 5・6番線では月検査を行います。全般検査や改造は、この横にある工場で行われます。
デポック電車区(2011.4.29)

 5番線停車中の元東葉高速1060Fの先頭部分を上から見てみました。バティック模様でインパクト十分なこの編成ですが、模様は全体に周っているわけではなかったのですね。
デポック電車区(2011.4.29)

 続いて工場に入ります。日本の鉄道工場を上回る規模がありますが、見ていると作業自体は思ったよりも機械化されておらず、手作業がメインになっています。モーターを修理しているところです。
デポック電車区(2011.4.29)

 ちょうど、元東急8613F"JALITA"が入場していました。KCJ社発足記念として強烈な印象を残した赤色が剥がされています。もしかしてと思って聞くと、色を変えるそうです。このカラーリングが好きだったのに、残念です。
デポック電車区(2011.4.29)

 車輪研削機もありました。奥にはひどい顔になっている"JALITA"が…。
デポック電車区(2011.4.29)

 工場から車庫まではかなり歩かなければいけません。近づいて留置中の電車の種類が分かるようになると、果たして今どこの車庫にいるのか分からなくなってきます。 
デポック電車区(2010.11)

 営業運転開始に向けて待機中の元東京メトロ05系。
デポック電車区(2011.4.29)

 ここにはもちろん日本の譲渡車両だけでなく、エコノミ用の電車もいます。真ん中にいる"HOLEC"(オランダとベルギーの技術協力で生産された電車)は本来、左端にいる車両のような顔でしたが、使い勝手と調子が悪く、改造を重ねた挙句、今ではジョグジャカルタ近郊で使用するために電気式ディーゼルカーへの改造が進んでいます。そのためジャカルタで見ることは少なくなったのですが、車庫でも係員から「この電車は使い勝手が悪い」という話を聞きました。"HOLEC"に挟まれているのが日車製KL3-87000形で、元都営6000系導入までは、この電車が急行に使用されていました。今のくたびれ切った姿からは想像もつきませんが。 
デポック電車区(2010.11)

 この保線機械も日本から購入したもので、「東鉄工業」の文字がうっすらと残っていました。
デポック電車区(2011.4.29)

 東京メトロから導入した車両は10連でジャカルタ入りし、塗色を変更して試運転まで行ったところで8連化されます。そのため、デポック電車区には編成からあぶれた中間車2両がつくねて置いてあります。
 聞いた話では、鉄道側は10連で走らせたいのに、インドネシア運輸省が許可しないためこうなったもので、確かに10連に対応できる駅が中央線(ボゴール線)のジャヤカルタ(Jayakarta)~チキニ(Cikini)間の各駅だけなので、これは鉄道側の分が悪いと思います。
デポック電車区(2011.4.29)

 東京メトロ5000系、東葉高速1000系も同じ経過で中間車が留置されています。元都営6000系のように、中間車を先頭車化改造して新しい編成を作れたらいいのですが、これらの中間車だけでは編成に必要な機器類が足らないため不可能で、今では部品取り車と化しています。5000系・1000系とも、既に消滅した旧塗色がこの車両にだけは残っているのがファンには貴重です。当然ながら、この話を職員の方に言っても全く理解されませんでしたが。 
デポック電車区(2011.4.29)

 中間車になぜか連結されていたエコノミ用KL3-83000系の先頭車。走れる状態にはなさそうですが、どうするつもりなのでしょうか。
デポック電車区(2011.4.29)

 近代感あふれる車庫を見学させてもらいましたが、その横には原っぱが広がり、ヤギが飼われていました。デポック駅から歩いて行ったときは厳重に塀で囲ってあるという印象があったので、意外でした。
デポック電車区(2011.4.29)

 この後、セルポン線での運用のため出庫する元都営6187Fに乗せてもらい、車庫を後にしました。

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358:インドネシア③元東京メトロ6000系登場

2011/05/06 (Fri) 14:07
 今回のジャカルタ訪問の目玉は、3月に日本から到着した元東京メトロ千代田線6000系でした。
 私たちが子供の頃の電車図鑑などには、地下鉄電車の代表として必ずといっていいほどこの6000系が載っており、印象の強い車両の一つでした。ジャカルタへの譲渡まで廃車が出ず、東京でもまだまだよく見られる車両なので、ジャカルタで6000系を見るのは不思議な感じです。

 第一陣の2編成(6115・6126F)は、訪問時はブキット・ドゥリ(Bukit Duri)電車区で整備中とのことで、ジャカルタ在住の友人A君に許可を取ってもらい、最寄りのマンガライ(Manggarai)駅からバジャイに乗って電車区を訪ねてきました。
 マンガライ駅でA君と待ち合わせ中に見た光景。東京メトロ勢は確実に勢力を伸ばしています。
マンガライ(2011.4.29)

 ブキット・ドゥリ電車区で改装工事を終え、試運転を待つ6126Fです。横にいるのは05系107Fです。同じメトロ同士でも、たぶんこれが初対面でしょう。
 その前に、最初見たときはこれが6000系だと気付くのに少し間がありました。赤に黄色帯としてしまうと、7000系とぱっと見の区別がつかなくなります。KCJ社所属の車両は全てこの色で統一されます。
ブキット・ドゥリ電車区(2011.4.29)

 これはジャカルタに来たどの車両も同じですが、運転台の主要機器には名称をインドネシア語で翻訳したシールが貼ってありました。
(2011.4.29)

 「小田急乗入不可」…こういう、ジャカルタでの運用に直接関係ないものはそのまま残してあるのが、いかにもインドネシアだと思います。
(2011.4.29)

 6115Fはジャカルタ名物のスカートを取り付けているところでしたが、この翌日には6126Fと同じくKCJカラーに変更されたそうです。といっても、この上からステッカーを貼り付けるだけですが。
ブキット・ドゥリ電車区(2011.4.29)

 ジャカルタに到着した日本からの電車は、一旦マンガライ工場(Balai Yasa Manggarai)に入場するのですが、なぜか外観関係の改造工事はこのブキット・ドゥリ電車区に移動させたうえで行われます。マンガライ工場は警備が厳重で、申請してもまず中には入れないので、まだ見学できる機会のある電車区の方がファンにはありがたいです。
ブキット・ドゥリ電車区(2011.4.29)

 6126Fは、私がジャカルタを離れた2日後の5月5日にボゴール線で試運転を行ったそうです。ジャカルタ訪問をGW前半にするか後半にするかで迷ったうえでの訪問でしたが、私の決断はいつも裏目に出るので自己嫌悪になります。

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357:インドネシア②東京メトロとローカル駅

2011/05/06 (Fri) 14:06
 今回のジャカルタ訪問では、前から気になっていて訪れようと思っていた駅がありました。
 セルポン線チチャユール(Cicayur)駅です。現在の電化区間の終点パルンパンジャン(Parungpanjan)の一つ手前ですが、他の駅は電車運転開始に合わせて改築されたのに、この駅だけはなぜか手付かずで残され、ローカルの客車列車がのんびり走っていた頃の雰囲気(今もこの区間では中長距離の客レが運転されていますが)がそのまま残っています。典型的なインドネシアの田舎というわけです。

 セルポン~パルンパンジャン間は2009年9月に電化されたものの、とりあえず単線のままでの開業で沿線も都市化されておらず、南国の風景を東京メトロや都営地下鉄の電車がやってくるギャップの激しさが魅力になっています。パルンパンジャンまでは昨年に「乗り鉄」したのですが、ここで強烈に印象に残ったチチャユール駅で降りてみることにしました。

 セルポン線の発着駅、タナ・アバン(Tanah Abang)へは列車本数が非常に少なく、ジャカルタコタ駅からタクシーで行くことにしました。直線距離では大して遠くないはずですが、渋滞が激しく、30分以上もかかってしまいました。タナ・アバンはジャカルタの下町のようなところで、いつ行っても駅は大混雑です。
タナ・アバン(2011.4.30)

 さて、私たちが乗ったパルンパンジャン行きエコノミACは元東京メトロ05系でした。いきなりジャボタベック最新鋭形式が来たので普段なら喜ぶところですが、とんでもない混みようで、せいぜいドアチャイムがジャカルタでも使われているのを確認できた程度でした。
 私はこの電車はタナ・アバン発だと思っていたのですが、実はアンケー(Angke、タナ・アバンの2つ北側にある駅)発だったそうで、それならタクシーでアンケーに行けばよかったと思いましたが後の祭りです。
 結局、セルポンの2つ手前のスディマラ(Sudimara)でようやく座れました。
(2011.4.30)

 セルポンでほとんどの乗客が降り、今までの混雑がウソのようにガラ空きになった電車は、田んぼと森と高圧電線の鉄塔が目立つ田園風景の中を進んでいきます。線路の用地は複線分確保されており、鉄橋の架け替え工事なども行われているのですが、昨年来たときからあまり進捗していないような感じでした。
 2つ目の駅が目指すチチャユールです。パルンパンジャンまで乗り通す友人たちと別れて降りようとしましたが、この通りホームがほとんど地面と同じ高さで、しかも2~3両分しかありません。それでもドアは全て開き、私は扉から地面へ飛び降りる形で電車を降りました。
チチャユール(2011.4.30)

 電車が出ていくと、しばらくは降りた人々で賑わっていた駅周辺も、静かな駅風景に戻りました。周辺には人家がほとんどなく、小さな集落がある程度なのですが、駅前の踏切は思っていたより多くの人通りがありました。どこから来てどこへ行くのか謎です。
チチャユール~パルンパンジャン間(2011.4.30)

 これがチチャユール駅の全景です。電車がいなくても、複線対応の架線柱が周囲から浮いています。左に見える小屋が駅舎です。隣のチサウク(Cisauk)やパルンパンジャンのように、高床ホームに改築しようという動きは全く見えません。
チチャユール(2011.4.30)

 ほとんどの乗客は線路を歩いて駅に入りますが、正面?というか、駅前の道から見た駅舎はこんな感じです。道から駅舎には草生したけもの道のような細い階段がありますが、これでは誰も通ろうとは思わないと思います。
チチャユール(2011.4.30)

 こんな駅でも有人駅で、駅舎内は出札口と売店がありました。どちらも人がいず、帰りの切符を買おうと窓口を覗き込んでいたら、待合室で他の人と喋っていた若い兄ちゃんが私に近づいてきました。この人が駅員だったのでした。
チチャユール(2011.4.30)

 窓口に貼られた手書きの時刻表がいい雰囲気を出しています。私が乗る14:50発タナ・アバン行きが電車としては最終になります。電車は1日2往復だけ(その他はセルポンで折り返し)ですが、客車列車は1~2時間に1本は来るのですね。
チチャユール(2011.4.30)

 行きは混雑のせいで10分以上遅れていましたが、帰りのタナ・アバン行き電車はわずか数分の遅れでやってきました。05系も、まさか自分が赤道直下のジャングルのようなところを走るとは思っていなかったことでしょう。駅前の踏切からこの画像を撮った後、また地面から車内によじ登って乗車しました。
パルンパンジャン~チチャユール間(2011.4.30)

 時刻表ではタナ・アバン行きになっていますが、セルポン線の電車は入庫のため何本かはマンガライまで延長運転されます。同行の友人によるとこの電車もマンガライまで行くということで、おかげで思ったよりも早く帰ってこられました。マンガライに着いた05系は、ブキット・ドゥリ電車区に入庫するのかと思いましたが、10分ほど停車した後、再びセルポン行きとなって折り返していきました。それなら全列車をマンガライ発着にしてほしいものです。
マンガライ(2011.4.30) 

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356:インドネシア①JABOTABEK車両近況

2011/05/06 (Fri) 14:05
 このゴールデンウィークは再びインドネシアを訪問してきました。
 ジャボタベック(JABOTABEK、ジャカルタ首都圏)で活躍する日本からの譲渡車にも、新しい顔ぶれが加わるなど動きがありました。
ゴンダンディア(2011.4.29)
 私が見聞できた範囲になりますが、形式ごとに近況を書いていきたいと思います。皆さん案外元気に走っていらっしゃいます。


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