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27:名鉄保存車めぐり

2006/04/24 (Mon) 23:11
名鉄600V線の全廃から早くも1年が経過しましたが、車両は沿線などでの保存がいくつか実現しています。
 そこで、4月23日にこれらを巡ってみました。

1.谷汲駅の赤い電車
 モ755が保存された旧谷汲駅には1月にも訪れましたが、3月19日に長らく名鉄岐阜工場に留置されていたモ514が保存のため搬入されました。
旧谷汲駅でのモ514

 現在はモ755と縦列で置かれていますが、将来は2番線を復活させてそこへ移動させる計画もあるそうです。
ちょっと早いですが鯉幟(旧谷汲駅にて)

 私が訪れたとき、あいにく構内の桜は全て散った後でしたが、ちょうどこの付近の名物である鯉のぼりの吹流しが掲げられている最中でした。

2.美濃駅
 旧美濃駅にはモ512とモ601が保存されていますが、モ593もここで保存されることになり、3月19日から公開されています。590形は廃線直前の新関~美濃間で主に使用されていたので、保存されるべき場所に保存されたという感じで、ファンにも喜ばしい限りです。
美濃駅に勢揃いした電車

 こちらは撤去されていた3番線を復活させて搬入されています。なお、仲間のモ591・592は土佐電鉄へ譲渡されましたが、併せてモ593の履いていた台車()も土電が新車用に購入したため、保存にあたってはモ570形の台車に履き替えられています。モ512・601はイベントスペースとして車内の座席等は全て撤去されていますが、モ593は車体については現役時代から手を加えられておらず、谷汲同様、雰囲気満点です。
旧美濃駅にて

 1番線のホーム上にはモ870形(元札幌市電)のカットボディが置かれていました。これについては事前に何の情報もなかったので驚きましたが、これも人気のあった車両だけに半分だけとはいえ姿を留められたことは感謝しなければなりません。現在は切断面を板で塞いである(南海バスのバス停の標柱が使われていたのが気になるが…)だけなので、今後更に整備されると思います。
モ870形のカットボディー(旧美濃駅にて)

3.「瀬戸蔵ミュージアム」
 モ750形は揖斐・谷汲線の前は瀬戸線で使用されていました。その縁をもって、モ754が尾張瀬戸駅前に3月19日に開館した「瀬戸蔵ミュージアム」に保存されました。
 本来は瀬戸物に関する展示がメインなのですが、瀬戸線も瀬戸物や材料の輸送に大きく貢献するなどつながりが深く、館内に入ってすぐのところに開業時から平成13年まで使用された旧駅舎が再現されており、この先にかつての瀬戸の街並みが続いています。
尾張瀬戸駅旧駅舎

 駅自体は昭和30年代の姿にしてあるそうで、発車案内の行先は栄町ではなく堀川(昭和51年廃止)、コンコースには当時の喧騒がBGMなどで再現されています。 
尾張瀬戸駅コンコース?

 モ754は保存スペースの関係で半分だけのカットボディにされましたが、車体は昭和40年代の姿に細部まで復元されました。保存場所が建物の2階なので、岐阜工場で復元作業の後、昨年1月に建物ができる前の建設現場に搬入され、骨組みの上に置いた後、建物を造っていったそうです。
大津町行きモ754(尾張瀬戸駅?)

 車内や運転席には自由に出入りできます。撮影位置の反対側(つまり切断面)はガラス張りになっており、ぱっと見は1両分丸ごと保存されているように見えます。この演出はさすがです。 
モ754車内

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28:台湾鉄路局EMU100系電車

2006/04/18 (Tue) 21:52
 私が台湾に興味を持ったきっかけは当然、鉄道にあり、ケイブンシャの鉄道百科(だったと思う)に載っていた「自強號」用EMU100系電車の写真でした。
彰化駅を発車していく自強1018次

 EMU(Electric Multipul Unitの略)100系は1979年にイギリス・ゼネラルエレクトリック社で製造され、同年の西部幹線電化とともにデビューしました。当時の台湾を代表する花形車両でしたが、パンタグラフといかめしい貫通幌を備えた顔は、どちらかというと私鉄の特急電車のような雰囲気で、そこが私にとっては魅力になったわけです。また、下回りが釣り掛け式であることもポイントが高いです。正面が警戒色に塗られていますが、これはデビューの翌年に大規模な衝突事故を起こしたためで、登場時は側面と同じベージュ塗装でした。最近では運用中に故障して電気機関車に押してもらうことも多く、事故廃車や故障が多いため、当初65両いたうち、現在稼動できるのは50両程度ということです。
 実物と対面したのは本を見てから20年近く経った後でしたが、相変わらず「自強號」に使用されてはいるものの既に第一線からは退いており、増発や区間列車運用がメインになっています(嘉義~台北~花蓮と長距離を走る運用もあり、結構こき使われています)。台湾の鉄道ファンには「英国婆仔(イギリス婆さん)」と呼ばれ、今や台湾鉄路の車両の中でも最古参の部類に入れられるようになったEMU100系ですが、私には思い入れの深い車両だけに、訪台の度に最低一度は乗るまたは撮るようにしています。高雄側先頭車から2両目にモーターがあるので、ここに乗ると低く抑えた感じの釣り掛けサウンドが響きます。
自強1120次(彰化~成功間にて)

 台湾の鉄道ファンと列車に乗っていて100系とすれ違うと「イーパイ(100)だ!」と必ず誰かは言い、運用が結構固定されている(西部幹線の時刻表で車椅子マークのない『自強號』は吊り掛け電車EMU100・300・1200系が使用される)ので、それを全て覚えている人がいるなど、現地でも結構人気の高い車両なのですが、この秋に日本製の新型特急「太魯閣號」用EMU800系が登場すると、入れ替わりに引退するそうです。日本でこれより古い車両がまだまだ現役で活躍しているのを見るにつけ、見た目もかなりくたびれているとはいえ車齢30年にも満たないうちでの廃車は非常に残念です。
EMU300系(右)と並ぶEMU100系(彰化駅にて)


撮影協力:犀牛王さん、鐵道阿弘さん、nihonjungさん、ktkrさん

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25:近鉄けいはんな線

2006/04/02 (Sun) 23:59
 3月27日に開業した近鉄けいはんな線(生駒~学研奈良登美ヶ丘間8.6km)は、開業が年度末の月曜日だったこともあり、すぐには乗りに行けず、1週間後の4月2日にようやく初乗りを果たしました。
 日中は2本に1本がけいはんな線直通(他は生駒止まり)で、直通電車に乗り遅れた私は16分待って次の電車まで待ちましたが、生駒を過ぎると案の定車内はガラガラ…と思いきや、結構乗客がいたのが意外でした。各駅で降りてみると、駅前には住宅地が既に広がっており、これらの地域からバスで近鉄奈良線の駅へ向かっていた人々が、こちらへシフトしてきたのでしょう。
学研北生駒駅に進入する7000系

 開業を記念して、近鉄7000・7020系の全編成(ラッピング電車になった7004・7121Fを除く)に記念ステッカーが貼られ、3か月間運転されます。この他、奈良線のシリーズ21の一部(5820・9820系)にも異なるデザインのステッカーが貼られています。
 ちなみにけいはんな線各駅でも他の近鉄線の駅と同じく硬券入場券が発売されており、手書きの補充乗車券も常備されています。
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24:和歌山電鐵貴志川線開業

2006/04/02 (Sun) 23:54
 4月1日から南海貴志川線を引き継いで開業した和歌山電鐵を訪ねてきました。
 変更は最低限に済ませたという印象で、運賃・ダイヤはそのまま、電車も"NANKAI"のロゴとマークが消され、代わりに運営母体の両備グループの紋章が入れられた他、職員の制服が替わった程度です。しかし合理化は進められ、伊太祁曽駅では出札のみ9:00~17:00の営業に短縮、貴志駅は無人化されたので、終日有人駅は和歌山だけになりました。
大池遊園~山東間にて

 その中で2271Fには貴志川線の新しい愛称「いちご電車」のアピールのため、正面にヘッドマーク掲出と側面ドア横(ちょうどNANKAIマークを隠す位置)にステッカー貼付が行われています。和歌山駅で聞いたところ、この編成は当分の間、この姿で走るとのことです。
山東~伊太祁曽間にて

 2271Fの車内には新しいペットマークや制服、6月に登場予定の新塗色車のデザインイラストが掲出されています。
2271Fの車内

沿線最高の名所、大池遊園の桜の中を走る2270系、南海色と桜の取り合わせも今年が最後です。
大池遊園の桜


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23:生まれ変わる福井鉄道

2006/04/02 (Sun) 22:52
 かねてより名鉄からの低床車導入への改造工事が進められていた福井鉄道で、4月1日から低床車770・800形の運用が開始されました。

 当日、午前9時から武生新駅で発車式が行われ、福井鉄道社長、福井県副知事や沿線自治体の首長などの来賓がテープカットの後、祝賀電車に仕立てられた775-776に乗車しました。この頃から、朝ラッシュ時に走っていた在来の車両が次々と低床車770・800形と交替していきました。 私は発車式直前に武生に着いたのですが、前日から福井入りしていた友人によると、朝の急行であの140形も動いていたそうで、その点が残念でした。
武生新駅での発車式

 その祝賀電車775-776は武生新9:30発の臨時電車で来賓を乗せて全線を往復し、続いて通常の営業列車で1往復走った後、入庫してしまいました。夕方に見ると、正面に貼られていた記念ステッカーは既に剥がされていました。
家久~上鯖江間にて

 引退予定の在来車のうち、これまでの主力だった300形は西武生車庫に集約され、120形・140形・モ562・デキ11は福井新駅に留置されていました。140形は翌日に武生新へ回送されたとのことなので、まだ走る可能性はありそうですが、他の車両は(除雪用のデキ11を除いて)このまま終焉を迎えることになりそうです。
福井新にて

 この日からのダイヤ改正で、田原町行きも福井駅前を経由していくことになりました。770形のうち、773-774には早くも広告が入れられています。
市役所前~福井駅前間にて

 低床車が走り出したのはいいものの、「福井鉄道らしさ」がなくなったとファンとしては少々寂しさを覚えていたところ、乗客を収容しきれなくなったためか、午後から80・200・610形が走り出しました。引退予定の80形の突然のご出座には驚きました。
福井新~木田四ツ辻間(鉄軌分界点)にて

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