現在の時刻(JST)

プロフィール

道楽

Author:道楽
現在、過去の話題も追加していますので、バックナンバーもご覧になってみてください。

ご来訪有難うございます。

見えにくい方はこちらで

最近の記事

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

まとめ

:スポンサーサイト

--/--/-- (--) --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告

22:樽見鉄道の貨物列車

2006/03/26 (Sun) 23:30
樽見鉄道では客車列車に続いて、貨物列車も3月28日限りで廃止されます。
 住友大阪セメント岐阜工場からのセメント輸送がトラックに置き換えられることによるもので、DLには記念ヘッドマークが付けられました(このまま客車も牽引していました)。
 
 この貨物列車、午前中に工場最寄り駅の本巣を出て大垣に向かい、大垣で返送されてきた空のタンク車を本巣へ戻すというもので、貨物量に応じて編成が変わります。14両なら単機、21~28両なら重連ということで、当然狙うは重連です。3月4日に客車列車撮影の後、待っていてやってきたのは単機回送、この日は発送貨物がありませんでした…。
美江寺~十九条間にて

 続いて21日、リベンジのために再訪すると、この日は貨物があったものの、14両だったのでTDE10 5単機牽引でした…。
美江寺~十九条間にて

 ここまでくると意地です。26日に始発で家を出て、いつもの撮影地で待っていると、3度目の正直でようやく重連にお目にかかれました。先頭に立つTDE11 3のヘッドマークは違うデザインです。
美江寺~十九条間にて

 運転区間の本巣~大垣間では撮影地が限られ、横屋や十九条といっためぼしい撮影ポイントでは三脚の放列ができていました。

 これらDLも貨物列車廃止とともに引退することになっており、樽見鉄道では残る6両のディーゼルカーだけで薄墨桜の行楽客輸送を乗り切る構えですが、先行きが非常に心配です。
 そんな中、ハイモ230-314が沿線に4月に開業するショッピングセンター「モレラ岐阜」のラッピング広告車となりました。北方真桑~糸貫間にも新駅「モレラ岐阜」が開設され、明るい話題となりました。
美江寺~十九条間にて

スポンサーサイト

地方私鉄トラックバック(0)|

21:さようなら京阪1900系

2006/03/25 (Sat) 22:27
 京阪では10000系増備に伴い、1900系のうち5編成が引退することになり、3月23日から5編成に副標識板掲出と記念ステッカー貼り付けを行っています。本線運用を追いかける気力がないので、交野線運用時に撮影してきました。
 3月末で1913・1915・1921F、4月中旬に1925F、5月中旬に1917Fが引退しますが、この後も1919・1929の2編成が残るにも関わらず、全車引退するのかと思うほど、力の入ったデザインのマークです。
河内森~私市間にて

 全部同じデザインだと思っていましたが、よく見ると副標識板には編成番号が入れられていました。さすがは京阪です。やられた…。
さようなら1900系副標識板

関西大手私鉄トラックバック(0)|

20:さようなら南海貴志川線

2006/03/25 (Sat) 21:47
 4月から和歌山電鐵に移管される南海貴志川線では、3月から6編成いる2270形のうち5編成(2271Fは入場中のため対象外)に「ご愛顧ありがとうございました」円板を掲出しています。
吉礼~伊太祁曽間にて

 特に派手なものでもありませんが(しかしデザインになっている電車に方向板が掲げられているのが気になります)、編成毎に色が違う(2272F=赤、2273F=青、2274F=緑、2275F=オレンジ、2276F=黄)のが曲者です。
さようなら貴志川線ヘッドマーク

 4月1日にスタートする和歌山電(愛称は『わかやま電』)では、運賃・ダイヤは当分そのままながら、伊太祁曽(早朝夜間)・貴志駅の無人化などの合理化を行う他、車両についても新塗色に塗り替えるとのことです。会社設立日の6月に行われる予定の正式な開業式典にあわせて1本目が登場するそうで、それまでは現在の南海色も見られると思います(恐らくNANKAIのロゴは消されるでしょう)が、今後の動向から目が離せません。 
岡崎前~吉礼間にて

関西大手私鉄トラックバック(0)|

26:トランスロール堺浜試験線

2006/03/24 (Fri) 21:09
 1年ほど前に、勤務先の先輩に「こんなの知ってるか?」と新聞を渡され、堺市で何やら新しい乗り物の試験を行われることを初めて知りました。「トランスロール」という聞き慣れない名前の、電車でもバスでもないという乗り物が自宅近くで走っているとなれば、見に行きたくなるのは当然ですが、土日は走らないということで長らくその機会がありませんでした。
 ところが、3月24日に鉄道友の会阪神支部で見学会があるというので、早速有休を取って行ってきました。

sik

タイヤと補助車輪

試験車両の車内

トランスロールの連結器

トランスロール試験線


地下鉄・新交通システムトラックバック(0)|

19:名鉄2000系「セントレアフレンズ」

2006/03/21 (Tue) 23:14
 名鉄では近年、事あるごとに期間限定のラッピング電車が登場して私などは追いかけ切れなくなっていますが、1月29日~3月31日の2000系「セントレアフレンズ」は何とか撮影できました。
神宮前にて

 中部国際空港開港1周年を記念して空港~名鉄岐阜・新鵜沼間で主に運転と、運用系統が複雑な名鉄にあっては比較的捕まえやすい車両です。
関西大手私鉄トラックバック(0)|

18:東急世田谷線300形

2006/03/20 (Mon) 23:57
 東急世田谷線は1999年に300形が登場し、2001年に旧型車が全車引退してから、訪れることがなくなりました。しかし、昨年11月から301Fが玉電色に塗り替えられてから急に興味が沸き、3月になってようやく訪れることができました。
 玉電色というのは1969年の玉川線廃止頃までの塗装で、2001年に引退直前直前の80形にも塗られましたが、今回は200形(1955~1969年に玉川線で活躍した低床車、現在は204Fが『電車とバスの博物館』に保存)登場50周年で塗り替えられたものです。低床車の先駆けだった200形とバリアフリー対応の300形で、コンセプトが同じ車両同士ということでしょうか。当時、側面に書かれていた”T.K.K.”の文字も復元されています。
松蔭神社前~若林間にて

 この手の塗装復元は大抵、鉄道ファンからは不評なものですが、この手のイベントに手慣れた東急のことなので、あまり違和感がなく感じました。
路面電車トラックバック(0)|

17:伊豆急行「リゾート21」1次車さようなら運転

2006/03/19 (Sun) 21:21
 伊豆急行2100系「リゾート21」のうち、1次車(第1編成)が引退することになり、3月11・12・18・19日に行われました。

 運転区間は伊東~伊豆急下田~伊豆高原間で、まずは伊豆高原から伊東へ回送される1次車です。2004年に下田市開港150周年を記念して「黒船電車」となり、結局そのままの姿で引退を迎えました。
富戸にて


 今回のさようなら運転は乗車に事前申込は不要で、一般乗客は誰でも乗れたので、見ていると乗客のほとんどが鉄道には興味のなさそうな観光客でした。また天気がよくないこともあって、駅はともかく沿線の撮影ポイントで鉄道ファンに会うことはありませんでした。
伊豆稲取~片瀬白田間にて


 運転終了後は、伊豆高原電車区で2代目「黒船電車」となる4次車や、入換用として残る100系103と並んでの撮影会が行われました。
伊豆高原電車区での撮影会

地方私鉄トラックバック(0)|

16:さようなら急行「かすが」

2006/03/12 (Sun) 22:16
 3月17日限りで廃止された急行「かすが」(名古屋~奈良間、1日1往復)です。
伊賀上野~島ヶ原間にて


 現在、名古屋~奈良(更に乗り継いで大阪)間は新幹線を使わない場合、併走する近鉄特急の方が時間・運賃・利便性の面で圧倒的に優位に立っています。今回廃止の報を聞いた際も、普段JRに興味のない私は「まだ走っていたのか」と思ったのですが、実家の近くを走ることもあり、なくなるとなれば一度くらいは撮っておこうということで、最後の日曜日となる12日に撮影してきました。
 「かすが」を見たのは平成11年に現在のキハ75系に置き換えられる直前のキハ58系を撮影して以来でしたが、廃止間近ということで4連に増結され、車内は同業者で満員でした。
 聞いた話では、「かすが」の廃止は乗客減ではなく、キハ75系を18日のダイヤ改正で増発される武豊線に転用するためだと言われていますが…。
 

たまにはJRもトラックバック(0)|

15:高松琴平電鉄の古豪3形式

2006/03/11 (Sat) 23:27
 以前は「走る電車の博物館」の名をほしいままにしていた(?)高松琴平電鉄も、京急・京王・名古屋市交からの転入車により車種統一がかなり進み、趣味的な魅力はかなり減ってしまいました。そんな中で、琴平電鉄(琴平線の前身)が登場させたオリジナル3形式(1000・3000・5000形)が一部廃車になりながらも、車齢80年近くになってなお現役で活躍を続けているのは嬉しい限りです。
 普段は長尾・志度線用のオリジナル車のうち、1000形120が3月11日に団体貸切で古巣の琴平線を走るというので、撮影に行ってきました。

 運転区間は仏生山~高松築港~琴電琴平~仏生山で定期列車に併結というもの(琴電では最近、旧型車の団体貸切を受け付けていますが、ダイヤに余裕がないためか、定期列車への併結になります)で、朝に長尾線で使用の後、仏生山へ入庫回送を兼ねて315+500+120が瓦町~仏生山間に運転されました。オリジナル車3重連は数年前までは定期運用でも見られましたが、今では回送といえどもほとんど見られなくなっています。
三条駅に進入する315+500+120

 1205-1206の先頭に立って琴平へ向かう120です。通常、併結車は高松方に連結されるケースがほとんどで、今回のように琴平方に連結されるのは珍しいです。琴平線では時速70km近く出すので、旧型車にはちょっと辛い運用だったかもしれません。
挿頭丘~畑田間にて

 琴電では平成18年度に琴平線と長尾線の車両共通化が実現すると、旧型車はイベント用に一部を残して後は廃車される予定です。今はこれら古豪電車が最後まで達者に走ってくれることを願うばかりです。
 

地方私鉄トラックバック(0)|

14:相模鉄道 鉄道フェア

2006/03/07 (Tue) 06:12
 3月5日、相模鉄道で「鉄道フェア」が行われました。意外にも相鉄が行うファン向けイベントはこれが初めてで、普段は車庫で昼寝している架線検測車モニ2000形と電気機関車ED10形が展示されるというので、大混雑を覚悟で行ってきました。

 本来、2月26日開催予定だったのが、大雨のため延期されていたので、天気が心配されましたが、この日は幸いにも快晴となりました。
 このイベントの目玉は、車両展示会よりも、展示車2形式のかしわ台工機所(普段の常駐場所)~相模大塚(展示会場)間で、短区間ながら回送シーンが見られることにあったと思います。案内ポスターやホームページに時刻が掲載されたこともあって、沿線は予想通り、鉄道ファンだらけでした。

 まずはモニ2000形です。払い下げの旧型国電が出自で、関東の大手私鉄で吊り駆け駆動の電車が残るのはここと東武鉄道くらいになりました。月に1度、架線検測のため全線を走りますが(中間のモニ2023の屋根上に検測用のドームがある)、運転日が公表されないこと(当たり前ですが)と、雨天時には運休・延期されるため、走行シーンを見るのは非常に難しいです。また、走行は午後のため、このモニ2005を順光で撮影できるチャンスは更に滅多にありません。
かしわ台~さがみ野間にて

 続いてED10形4重連、こちらはかしわ台~海老名~相模大塚と運転されました。新車搬入や構内入替に使用されていますが、通常は2両で運用されるため、4両揃っての登場は注目の的でした。
かしわ台~さがみ野間にて

 相模大塚駅では側線でEDとモニが展示されましたが、残念ながらパンタグラフを下ろした状態だったため、美しい姿での撮影はできませんでした。しかし普段は間近にすら見ることのできない車両なので、これだけでも貴重な機会です。
相模大塚駅で行われた撮影会(モニ2019)

 モニやEDは既に引退が決定しており、今や動くだけで話題になるほどですが、そこへこのようなイベントとは、相鉄さんも泣かせることをしてくれます。

関東大手私鉄トラックバック(0)|

13:豊橋鉄道3100形さようなら運転

2006/03/06 (Mon) 00:28
 豊橋鉄道東田本線では、名鉄から780・800形の転入に伴い引退する3100形(元名古屋市電1400形)のさようなら運転が3月4~5日に行われ、4日の樽見鉄道の帰りに寄ってきました。

 3100形は昭和44年に9両が投入され、平成2年の冷房化の際に2両が廃車された後もモ3101~3107の7両が在籍して、文字通り東田本線の主力でしたが、名鉄車入線のため、入れ替わりで昨年7月から廃車が始まっていました。そして、昨年12月末に運用離脱したモ3103、今年2月末に運用を離れたモ3104・3105の3両が4日午後と5日午前に記念ヘッドマークを付けて運転されました。
 
 カメラを構えて、まずやってきたのはモ3104、広告スポンサーの薬局のシャッターには、この電車が描かれていることでも知られています。
井原~赤岩口間にて

 続いてモ3103、残念ながら、この後すぐに入庫してしまいました。
東田~競輪場前間にて

 最後にモ3105、ヘッドマークは3両それぞれで異なるデザインです。
東田~東田坂上間にて

 3100形はモ3102がイベント用として残りますが、そうなるとこれまでイベント用だった「レトロ電車」モ3702の去就が気になります。赤岩口車庫をのぞくと、架線の張られていない側線に押しやられていましたが…。

路面電車トラックバック(0)|

12:さようなら樽見鉄道の客車列車

2006/03/05 (Sun) 23:59
 樽見鉄道では3月4日限りで、朝に本巣~大垣間で1往復運転されていた客車列車が廃止されました。この列車は沿線の高校生の通学列車になっており、そのためにJRから購入した14系客車(樽見では3代目になります)を充当するのはもったいないと思いますが、本来は薄墨桜シーズンの臨時列車に使用するための車両なので、いわば有効活用ということでしょうか。「リゾート21」で通学する伊豆急行沿線の高校生ともども、羨ましい限りです。しかし、客車で輸送力を確保しなくても、ディーゼルカーで捌けるくらいにまで乗客数が減少したこともあって、日本最後の定期客レ(大井川鐵道などのSL列車は除く)は姿を消すことになりました。

 樽見では3月限りで貨物列車も廃止されるため、ディーゼル機関車には「さようなら貨物列車」ヘッドマークが付けられており、そのまま客車を牽引してきたのには驚きました。
美江寺~十九条間にて

 ヘッドマークは大垣方のみに付いているので、折返しの本巣行きでは普段通りの姿を撮ることができました。
東大垣~横屋間にて

 この客レが運転されていたのは朝7時台で、しかも休校日にはレールバスに交替するため、なかなか撮影の機会がなかったのですが、最終日ともなれば、主な撮影地には鉄道ファンが集まっていました。
 今年の桜シーズンはディーゼルカーで乗り切るようです。

地方私鉄トラックバック(0)|

11:福井鉄道120形

2006/03/01 (Wed) 23:53
 2月26日、ふくい私鉄サポートネットワーク主催で福井鉄道120形のチャーター運転が行われました。当日はあいにくの雨で冷え込みましたが、普段は走る機会が少ない車両だけに、大勢のファンが集まり盛況でした。

 120形は現在、予備車の予備といった存在で、1編成が全検入場しているところにもう1編成が故障や定検などで入場すると、ようやく出番(それでも朝に1往復のみ)が回ってくる程度で、通常運用されることはほとんどなく、武生新駅構内か西武生車庫で昼寝をしています。

 まずは武生新から福井方面へ向かう120形です。先頭に立つクハ122は1929年日本車輌製の三河鉄道(現名鉄三河線)デ300形が前身で、名鉄モ3002を経て1966年に福井鉄道に譲渡されました。晴れた日はほとんどの場所で正面に光が当たらないので、撮影しづらい車両です。この日のように曇りならいいのですが、曇りすぎなのも困りものです。
家久~上鯖江間にて

 福井市内の併用軌道区間を走る120形。こちらのモハ122は1950年に日車で製造された生え抜きで、運輸省規格型電車の貴重な生き残りです。つまり、経歴もスタイルも全く異なる2両の電車を強引に連結させて一つの形式に仕立てているわけで、横がちに見れば違いが歴然としています。古めかしい車体ながら、下回りはカルダン駆動(200形の台車交換時に発生した台車に履き替えた)なので、走り出すと違和感たっぷりです。
福井駅前~市役所前間にて

 今回は武生新→田原町→福井駅前→市役所前→西武生と、福武線全線をくまなく走り、田原町駅ではえちぜん鉄道三国芦原線の電車との顔合わせも見られました。
田原町駅にて(左:えちぜん鉄道2200形)

 この日は、こちらも普段は予備車の140形141F(この編成も元長野電鉄と元名鉄の組み合わせです)が日中の定期列車2往復に充当され、三十八社駅での人気者同士の離合シーンには大雨の中、参加者のほとんどが集結していました。
三十八社駅にて

 運転終了後の西武生車庫では120形たちに替わって走る予定の770形と並んで撮影会が行われました。ついでながら、モハ122に掲出されている「」の円板は最近倉庫から見つかったものだそうで、近寄って見ると「原」の字がうっすらと浮き上がっていたので、かつて市内線専用車(田原町~福井駅前間)が使用していた方向板の転用品かもしれません。ちなみに、いつも付けられる「団体」円板は、122が運用される場合に急行に充当されることが多いので、その際には上から「急行」の紙を貼って掲出されます。
西武生車庫にて

 120・140形とも今年度中には姿を消す予定なので、後何回走る姿が見られるか分かりませんが、また天気のいい日に、こういうイベントがあれば参加したいと思います。
 

地方私鉄トラックバック(0)|

ブログ TOP


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。