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514:再びマニラ列車道楽②PNR203系に乗る

2012/10/11 (Thu) 18:29
 ジャカルタから帰国途中の29日、再びマニラに立ち寄り、今度は元JR203系に乗車の機会がありました。

 これもTutuban駅にいたときに、203系が入線してきて運用に入ることが分かったものですが、このところは連日運用されているようです。編成は(←Alabang)クハ203-107+モハ203-11+モハ202-14+モハ203-10(Tutuban→)で、モハ203-10とクハ203-107の一部が区切られて、発電機スペースとなっています。 
Tutuban(2012.9.29)

 クハ203-10の車内を見ると、小さなくぐり戸がある壁が客室を唐突に区切っているような感じになっています。壁に沿って吊り革が設けられているのが、せめてものサービスといったところでしょうか。
Tutuban(2012.9.29)

 発電機スペースに入ってみると、そこに発電機はなく、水タンクが置いてあるだけでした。事前情報では電源車はこのモハ203-10とクハ203-107の2両が竣工し、5連と4連の2本がいることになっているのですが、これでは1本しか動けないことになり、結局、滞在中はこの編成しか動いていることを確認できませんでした。
 客室内にあった日本時代の路線図等は全て撤去されているのですが(この点はジャカルタのほうが鷹揚としています)、発電機スペースだけは旅客の目に触れないためか、路線図が残っていました。
Tutuban(2012.9.29)

 投石対策で窓に金網が取り付けられるのはインドネシアと同じですが、フィリピンではさらに徹底していて、金網が付けられない扉の窓は鉄板で塞がれました。車内の照明は日本と同じように点灯していたので、明るさでは問題ありません。
 扉の下部脇に吊り革がくくりつけてありますが、これは低床ホームから乗るときにつかまるためのものだそうです。一番上の画像をよく見て頂くと、発電機スペース以外の乗降扉の下に、簡単なステップが付いているのが分かります。とりあえず、こういう点での配慮はされています。
Tutuban(2012.9.29)

 クハ203-107の発電機スペースをホームから見たところです。先頭車は扉開閉スイッチ操作のため、編成には必ず連結されますが、その先頭車の連結面側が区切られ、発電機が置かれました。これでは隣の車両との行き来ができなくなりますが、そんなことは気にしないのがフィリピンです。運転台側に発電機を置かなかったのは荷重の関係で、運転席側に傾くのを防ぐためだそうです。放熱のため、窓の一部が通風孔に改造されています。 
Tutuban(2012.9.29)

 訪問した日があいにくの雨模様で、そうなるとTutuban駅構内は線路部分を除き、水浸しになります。車庫の中には線路まで水につかる場所があり、水鏡になって綺麗に…などと悠長なことも言っておられず、客車とはいえ一部の機器を使用している203系や、ましてやキハ52に至っては、これでいいのかと思ってしまいます。PNRにとっては、こういう点も頭の痛いところでしょう。 
Tutuban(2012.9.29)

 しばらくすると、機関区からDLが出てきました。入換と思っていると、そのまま203系に連結され、次の列車に運用されるそうです。このように、203系が動くかどうかは直前になるまで分からないことが多く、現地に行っても日中に必ず見れると断言できないのですが、最近は主力のはずの韓国製DCの調子が悪く、キハ52ともども代走に使用される機会が多くなっているとのことです。
Tutuban(2012.9.29)

 PNRには職員の制服がなく、一般人も線路敷を平気で歩くので、係員と乗客の区別がつきにくいのですが、これが連結風景です。203系は方向幕などは白表示ですが、発電機が動き出すと方向幕の照明は点灯します。これも活用できないものかと思いますが…。自動扉やクーラーも元通りに稼動しており、ドア操作のため編成には必ず先頭車が連結されます。DLが連結されると改札が始まり、乗客が乗り込んできました。
Tutuban(2012.9.29)

 203系は次のTutuban着の列車が到着したら発車するとのことでしたが、予定時刻になっても列車がやってきません。これがキハ52充当の列車なので、到着を撮影してから203系に乗ろうと待っていたのですが、結局到着したのは10分遅れ、入線を撮影して203系に文字通り飛び乗ると、すぐに扉が閉まりました。
Tutuban(2012.9.29)

 車内はこんな感じで、ジャカルタと違って日本語の広告や案内表示は、取り外せる物はほぼ全て撤去されていました。前日にジャカルタで日本時代と変わらない高速運転をしている203系を見てきた私たちには、のんびり走るうえに度々左右に大きく揺れる203系はいかにも物足りない感じがしましたが、乗客から見れば今までのボロボロになった12系に比べれば設備も整い、はるかに明るく綺麗になっているので、これはこれでいいのではないかと私も思うようになりました。 
(2012.9.29)

 Tutubanから1時間10分ほどでAlabangに到着しました。以前にも書きましたが、AlabangはCommuter用の新駅ができてからも旧駅が残され、機回しが旧駅でしか行えないため客車列車は旧駅に停車するか、一つ手前のSucatで折り返しとなっていましたが、新駅にも機回し線が設けられ、203系もこちらに停車しました。 
Alabang(2012.9.29)

 到着後、すぐに機回しが始まります。この写真では、DLが既にこちらに向かって動き始めているのですが、沿線住民はそんなことにお構いなく前を横切っていきます。やはりここは東南アジアなんだと思わせる瞬間です。
Alabang(2012.9.29)

 機回しが終わり、しばらく停車すると思っていたら、予定時刻よりも10分ほど早いのに発車していきました。どうもこの列車は私が思っていた列車の1本前で、到着と発車が遅れていたようです。同行のIさんたちは既にこの列車に乗車しているとのことで一瞬唖然としてしまいましたが、車両交換がなければ次の列車はキハ52が来るので、かえって喜んでしまう私でした。
Alabang(2012.9.29)

 Alabang駅を発車していく203系です。エメラルドグリーンだった帯は、上からオレンジのペンキが塗られてこの姿になったわけですが、派手なことこの上ない姿になったジャカルタの仲間に比べると、やや控えめなこちらの方が日本人ファンにとっては馴染みやすいのではないかと思います。
Alabang(2012.9.29)

 この日のマニラは雨模様で、ぐずついた曇り空が広がっていました(前日に激しく雨が降ったようです)が、203系が発車していった後、本格的に雨が降り始め、Alabang駅のホームに避難しましたが横なぐりの雨ではホームの上屋が全く役に立たない状態でした。そんな中にやって来た次の列車はやはりキハ52系国鉄色、いつもは開けっ放しの貫通扉も、さすがにこの天気では閉めてきました。PNRのキハ52で貫通扉を閉めて運用しているのを見たのは初めてで、雨も悪くないと都合のいいことを考えてしまいました。
Alabang(2012.9.29)

 キハ52の車内です。このときはまだ空席もあったのですが、発車直前になると相変わらずの混雑になりました。日本の鉄道は朝に都心行き、夕方に郊外行きが混雑するという風に片方向輸送になりがちですが、PNRやジャカルタでは昼間でも双方向の列車が混雑しています。本数やダイヤの関係もあると思いますが、日本の鉄道関係者から見ると、かなり羨ましく見える輸送形態ではないかと思いました。
Alabang(2012.9.29)

 キハ52でマニラに戻って来たのですが、私は帰りの飛行機の時間が気になる頃になり、Tutubanまで行くとタクシーが拾いにくいとのことで、Buendia駅で降りました。発車するキハ52を駅前の踏切で撮影しましたが、PNRにおける踏切での車や歩行者のマナーの悪さは目に余る物があり、警報は鳴るものの遮断機が作動しないため、わざわざ道路に出て自動車を止めないといけない係員の苦労は並大抵のものではないでしょう。小雨が降り続いていましたが、やはり暑いのか、それでも貫通扉は開けていました。
Buendia(2012.9.29)

 後追いでも撮影すると、こちらは貫通扉を閉めたままでした。どうも扉の開閉は雨に関係なく最初からそうなっていただけだったような気もします(前照灯も点けっ放しですし)が、最後になって思っていたような構図で撮影できたので、満足して空港に向かいました。
Buendia(2012.9.29)

 PNR本社で伺った話では、「また日本から車両を23両買いたいのだが・・・」とのことで、特にDLを増備したいという意向でした。恐らく203系牽引用ではないかと思いますが、もしDE10やDD51などが譲渡されて203系を牽引しようものなら、更に熱い視線が日本(の鉄道ファン)から注がれるでしょう。Tutubanで留置されている他の203系の竣工が待たれます。
 4月訪問時のエントリーでは否定的な書き方をしてしまった203系の客車転用ですが、実際に活躍する姿を見るとサービス向上になっているのは確かで、「百聞は一見にしかず」という言葉の意味を痛感しました。私もPNRでの203系の活躍を応援したいと思っています。
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513:再びマニラ列車道楽①キハ52に乗る

2012/10/11 (Thu) 18:22
 少し前の話になりますが、9月26~29日にフィリピン・マニラとインドネシア・ジャカルタの2都市を訪問してきました。マニラは4月以来、約半年ぶりの訪問となりますが、ジャカルタへの乗り継ぎの際に立ち寄ったもので、滞在時間は短かかったものの、同行して頂いた友人Iさんの尽力で非常に充実した内容となりました。
 まず、マニラの状況からご紹介させて頂きます。
 
 フィリピン国鉄(PNR)が許可なしでの撮影に非常に厳しいことは4月訪問時のエントリーで書いたとおりで、その状況は全く変わっていません。今回はあらかじめTutuban駅2階のPNR本社へ行き、撮影許可をもらうべくIさんが話をしているときにふと駅を見ると、元JR東日本の203系が入線してくるのが見えました。16:05発のAlabang行きになるとのことで、許可を頂いて構内へ急いで移動します。
Tutuban(2012.9.26)

 PNRで客車になった203系、40両譲渡されてきたうち、現在は4連1本だけが竣工しており、訪問時点で(←Alabang)クハ203-107+モハ203-11+モハ202-14+モハ203-10(Tutuban→)となっていました。調べてみれば、これらの車両は日本時代は全て違う編成に組成されていたもので、どういう基準でこの車両を抜き出してきたのかは判りませんが、客車になった以上、編成はもう気にしなくてもよくなったということでしょうか。見ていると、自動扉はきちんと動作していました(このため、先頭車は必ず編成に組み込まれます)。
 203系の運用は、早朝深夜の12系客車のスジ(Tutuban18:45発と翌朝のBinan05:20発の1往復)を置き換えたのは判明していますが、それ以外は車両の状況を見て急に決まるため、当日のしかも直前になるまで分からないそうで、ここで走行シーンを見られたのは幸運でした。
Tutuban(2012.9.26)

 車庫へ撮影に向かいます。許可をもらっているので大手を振って…というわけにはいかず、警備員が1人、ついてきます。少し線路に近づくとすぐに「そこは危険なのでだめ!」と止められるのですが、あまりにがんじ絡めになりそうだったので、Iさんが警備員のボスに直訴すると、すぐに自由行動がOKになりました。警備員もボスの指示通りに動いているだけなのですが、何かをするのにいちいち上層部の許可を得ないといけないのには、この後もウンザリさせられることになります。
Tutuban(2012.9.26)

 ネット等では話題になっていましたが、元JR東日本のキハ52のうち、新潟色の3両(キハ52-102+120+121)は、驚いたことに"Bicol Express"こと14系と同じ塗装に塗り替えられていました。今年夏頃に塗り替えたそうですが、このブルートレイン色はフィリピンで気に入られたのでしょうか。"Mayon Limited Ordinary"に運用されているのですが、今回は車庫で撮影するだけです。
Tutuban(2012.9.26)

 キハ59「こがね」は7月に衝突事故に遭い、正面が破損してから運用離脱していましたが、車庫では復活に向けて整備が進められていました。運用離脱の情報を知ったときは、このまま引退か…と心配もしましたが、まずは一安心です。 
Tutuban(2012.9.26)

 撮影していると、キハ52の国鉄色(キハ52-122+127+137)が出庫してきました。もしかして運用に入るでは?と期待しましたが、果たして16:35発のAlabang行きになるとのことで、これに乗ることにしました。 
Tutuban(2012.9.26)

 駅に戻ると、ホームには12系が停まっていました。定期運用からは離れた12系は日本の感覚ではとうに打ち棄てられた廃車体ですが、現役の際からこの状態だったので、特に驚きはしませんでした。まだ車籍からは抹消されていないようで、29日に再訪したときは車庫に移動していました。
Tutuban(2012.9.26)

 さて、キハ52に乗ることになりましたが、車内はTutuban発車の時点から混み始めており、Iさんが交渉して乗務員室に乗せてもらえることになりました。Tutuban駅を出て先ほどお邪魔した車庫の横を通りますが、ここで留置中のキハ52-123が見えました。この1両はすでに運用から離れており、塗り替えもされず一部の部品が取り外されているので、このまま部品取りになるようです。新潟色で残る貴重な1両なものの、いつまでこの姿を留めていられるかは何とも言えません。  
Tutuban(2012.9.26)

 キハ52は非冷房ということもあって、貫通扉を開けっ放しで走るので、前面展望はバッチリです。Tutubanを出るとすぐ、北方線と南方線が分岐します。北方線は1991年のピナトゥボ火山噴火で大被害を受け、いまだに全線復旧の目処が立っていませんが、マニラ郊外のCaloocan(ここに鉄道工場があります)までは整備が進められており、南方線と同じCommuterが運転されるのもそう遠くないかもしれません。
 路面電車のような分岐点(デルタ線になっています)を右に曲がり、南方線に入ります。
Tutuban~Blumentrit(2012.9.26)

 夕方の帰宅ラッシュ時間帯に当たってしまったようで、どの駅もホームには大勢の乗客が待っています。2扉しかないキハ52では乗降に時間がかかるのもやむを得ないところで、遂には乗務員扉から乗降する人も出る始末でした。
Espana(2012.9.26)
 
 車内はこのような状態で、先頭車は女性専用車ということになっているのですが、この混雑ではそんなことも言っておられず、男性もちらほら見受けられます。 
(2012.9.26)

 Tutuban~Alabang間に運転されている"Metro Commuter"は日中は1時間ヘッド、朝夕は30分ヘッドで、通常はこの韓国製ディーゼルカーDMU-1形が主力なのですが、検査入場などで運用数が足りなくなると、キハ52や203系がピンチヒッターに駆り出されます。近年、東南アジアで勢力を拡大しつつある韓国製車両ですが、台湾国鉄でも悪い噂を聞いていたものがフィリピンでも同じで、故障が増えているようです。その分日本から来た車両の運行頻度が増えれば、ファンとしては嬉しいところですが。
 途中でMRT2号線の高架橋をくぐりますが、PNRとLRT・MRTとの接続は、LRT1号線と交差するBlumentrit以外では一切考慮されていません。
Espana~Santa Mesa間(2012.9.26)

 Pasig川を渡る鉄橋のあたりから、線路際にお手製トロッコ(スケーター)が列車を避けているのが見えてきました。列車本数が増えたのと、線路際のスラム街が立ち退いて乗客が減ったために姿を消しつつあると言われているスケーターですが、ラッシュ時には需要があるのか、まだ健在なようです。これに乗ってみたいのですが、今回も時間がないので見るだけになりました。
Santa Mesa~Pandacan間(2012.9.26)

 PNRの路線には信号機がなく(残ってはいるのですが全て故障中)、運転士は時刻表と車掌の合図を頼りに運転しています。貫通扉だけでなく、私たちが入り込んできたので客室の乗務員扉まで開けたため、運転士さんは運転台に閉じ込められた状態になり、少々気の毒でした。 
(2012.9.26)

 マニラ中心部から離れると、スクーターの数も多くなってきます。加えて線路際にいる人の数もさらに増えてくるのですが、フィリピンもインドネシアと同様に列車への投石があるので、開け放した貫通扉から前を見ている私たちも油断はできません。特に、子供が群がっているのを見ると、無意識に身構えてしまいます。
Bicutan~Sucat間(2012.9.26)

 Tutubanから続く複線区間も、Sucat駅の手前で単線になります。1本前の列車で運用されている203系がAlabangから折り返してくるまで、私たちのキハ52は一旦停車して待つことになり、運転士と車掌は線路に降りてタバコを吸い始めました。私たちも線路に降りれば、キハ52と203系のすれ違いシーンを撮影できるのですが、さすがにどのタイミングで動き出すか分からない状況では無闇に降りるのはためらわれ、203系を車内から撮影するのにとどめました。
Alabang~Sucat(2012.9.26)

 4月訪問時でも書きましたが、Alabangは乗客の利便を図るためショッピングセンターの裏に"Metro Commuter"用の高床ホームの新駅が設けられましたが、旧駅も高床に対応していない"Bicol Express"や"Mayon Limited"のために残されています。今回はキハ52ということで、旧駅に停車するものと期待していたのですが、あっさり通過して新駅に到着しました。キハ52から見るとホームの方がわすかに高く、扉ステップが乗降に支障をきたしていました。
Alabang(2012.9.26)

 Alabang駅に停車中のキハ52。Tutubanから約1時間の行程でした。わずかな停車時間で折り返していくのを見送った私たちは、駅横のショッピングセンター内のレストランで夕食をとってから、タクシーで空港に向かいました。こう書くとスムーズにことが進んだように見えますが、Alabang駅周辺ではフィリピン名物のジプニーはたくさん停まっているもののメータータクシーは少なく、捕まえられても値段を吹っかけてきます。Iさんが値段交渉をしてくれたのですが、運ちゃんも結構頑固で、結局最初に声をかけてきたタクシーに乗ることになりました。
Alabang(2012.9.26)

 この後、ジャカルタへ向かいましたが、また別エントリーでご紹介します。

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501:台湾のD51を追って

2012/08/12 (Sun) 23:30
 以前にもこのブログで採り上げた台湾のDT668(日本時代のD51)ですが、その後もイベント列車に登場するのはCK124ばかりでどうなったのかと思っていたところ、毎年恒例の「南投火車好多節」でいよいよ運転されることになりました。
 これは台湾鐵路管理局(台鐵)ではなく、南投県政府が地元を走る集集線の濁水~車呈(本当は呈の左に土へんが付きます)間を使用して行うイベント(二水~濁水間は隣の彰化県に属する)で、7月15~8月12日の毎週土・日曜日(7月21日を除く)にSL列車が運転されます。そこにDT668が使用されるというので、台風10号襲来にもめげずに台湾へ行ってきました。

 集集線へ向かう前に、朝7時にSLのねぐらである彰化機関庫へ行くと、DT668がヘッドライトを点けて待機していました。台風10号の影響で集集線も被害を受け、末端の水里~車呈間が不通になっていると聞いたのですが、イベント自体は行われるようで一安心です。
 ここに台鐵の動態保存機が3台とも集まっています。左のCK101は相変わらず出番なし、中央のCK124はこの時期、旧山線の観光列車に使用されますが、7月28・29日にはDT668に代わって集集線のイベント列車に使用されました。
彰化扇形車庫(2012.8.4)

 いよいよ出庫です。DT668は台湾で「国王」という愛称がついたそうですが、CK124を見慣れた目にはテンダ式機関車は巨大で、しかも走行音が静かに思えます。
 朝7時というのに、既に車庫には10人近い鉄道迷(ファン)が集まっていました。
彰化扇形車庫(2012.8.4)

 出庫した「国王」が客車に連結されている間に、先発の電車で集集線の始発駅である二水へ先回りします。ここで、車で来ていた友人HAYASHIさんに拾ってもらい、駅手前の踏切で回送列車を撮影しました。
田中~二水間(2012.8.4)

 補機は旧塗装に復元されたR40です。ここまで塗装が揃うと、こちらが先頭で運転されても趣味的には十分楽しめます。
二水(2012.8.4)

 台湾はこの直前に台風9号の直撃を受けて各地で甚大な被害があり、その煽りで私も台湾行きの飛行機が運休になり(しかもLCCのジェットスター航空だったので代替便は飛ばず運賃返金のみ)、急遽他のフライトを探すなど、ここに来るまでには紆余曲折があったのですが、集集線沿線も各地に爪痕が残っていました。
 一番ひどかったのがこの場所で、日本ならバリケードで厳重に通行止めにされるところ、カラーコーンを立てただけなのでほとんどの車は無視して通っていきます。車なので通れたものの、台湾に多いバイクで追っかけをする鉄道迷たちは無事に通れたのか、少し気になりました。  
(2012.8.4)

 今回のイベントは南投県政府主催なので、客扱いは南投県に属する濁水~車呈間だけなのですが、集集線の撮影地で引きがあるのは二水~濁水間(隣の彰化県エリアになる)にしかなく、撮影のメインになるのが回送列車となります。最近の台鐵もファン慣れしたのか、SLの場合、撮影名所では煙を上げてくれることが多くなりました。
源泉~濁水間(2012.8.5)

 イベント列車は事前にウェブサイト等で申し込んでおき(運賃は無料)、濁水~集集または集集~水里・車呈間のどちらかに乗車できるというもので、DT668も始発の濁水駅では案の定、観光客に取り囲まれていました。 
濁水(2012.8.5)

これがヘッドマークで、DT668とR40の両方に取り付けられていますが、大きすぎるのとマンガチックで派手すぎるため、鉄道迷からは非常に評判が悪く、「せめて回送列車の間は取り外してくれ」との声を度々聞きました。
 DT668の場合、このマークのせいで正面煙室扉のハンドルが隠れてしまい、間の抜けた感じのする顔になってしまったのが最大の欠点だと思います。せめてもう一回り小さければいいのですが…。
(2012.8.4)

 イベントのメイン会場となる濁水駅前では倉庫を利用して鉄道模型が展示されていました。ほとんどが蒸気機関車の物でしたが、その中にどういうわけか銚子電鉄のデキ3が交ざっていました。
(2012.8.4)

 集集線沿線を再現したジオラマ。この画像は水里~車呈間を撮影したもので、デフォルメされていますが駅舎等細かいところはよく再現されていてつい見入ってしまいました。
(2012.8.4)

 この集集線ジオラマ、大型トラックの荷台をまるごと使って置かれており、移動可能になっていますが、このイベントが終わった後はどうするのか気になります。
(2012.8.4)

 さて、列車自体は濁水駅から客扱いを開始し、水里駅へ向かって快走します。残念なことに濁水から先の区間ではこのように正面がちにしか撮影できませんが、観光名所の「緑色隧道」では鉄道ファン以外にも大勢の人々がカメラを構えており、注目のほどがうかがえます。しかし台湾では、スナップ写真を撮る程度にしかカメラを使わなさそうなのに一眼レフを持っている人が多いのが不思議に思えます。 
龍泉~集集間(2012.8.4)

 集集で乗客を入れ替えるため2分停車するのですが、先ほどの濁水駅での取り囲まれ方を見ていると2分で発車できるわけがなく、車なので楽に追い越せます。前に行った内湾線と同じく、この運転時間中は集集線でも2列車が運休(バス代行)となり、いくら観光誘致のためとはいえひどい話だと思っていましたが、集集線はほぼ全線にわたって道路が並走しており、地元の人々も1日9本しかない列車よりはマイカー利用が多いようで、恐らく支障をきたすことはあまりなかったのではないかと思います。
 水里からの折り返しは転車台がないため、R40が先頭となって戻ってきます。客車とも塗装が揃っているので、これはこれで被写体としては悪くありません。後はヘッドマークさえ見映えのいいものだったら…。
水里~集集間(2012.8.4)
 
 これで午前の部が終わり、午後の部までの間、列車は濁水駅の側線に入って(この間に定期列車がある)留置・点検されます。ただ、側線にそのまま留置すると駅舎への構内踏切をふさいでしまうため、R40は切り離されていました。
濁水(2012.8.4)

 彰化機関庫から添乗してきたスタッフの方々が油差しや各部位の点検整備を行っている間、観光客はどんどん線路に入り込んで記念撮影等に講じています。整備は時間をかけて細かく行われていると思ったら、地元のテレビ局が取材に来ており、その撮影も兼ねていたのでした。
濁水(2012.8.4)

 午後の部は濁水~集集~車呈間の運転予定でしたが、冒頭にも書いたとおり台風の被害を受けて水里~車呈間が不通(駅の貼り紙によると、15日に復旧予定だそうです)のため、これも水里までの運転となりました。
集集~水里間(2012.8.5)

 午後の部が終了後、列車は車庫や給水設備のある二水まで回送されます。土曜日の場合、翌日まで二水で留置され、日曜日はそのまま彰化まで戻っていきます。二水へ向かう回送列車を集集線では「緑色隧道」に次ぐ有名撮影スポットの龍頭山バックで撮影しました。私はこの場所がお気に入りなのですが、蒸気機関車が入線する際は常に車呈向けに連結されるため、この場所では補機を先頭にしか撮影できないのが残念です。
濁水~源泉間(2012.8.4)

 今回は土日とも現地にいましたが、日曜日の運転終了後にある彰化への回送は諸事情あって社頭駅で撮影することにしました。事前に聞いていたダイヤではここで7分間停車し、「自強号」を待避するはずなのですが、台鐵ではよくあるダイヤ乱れのためか、10分遅れてきて(その間に「自強号」は通り過ぎていった)待避どころか停車もせずに通過していきました。
社頭(2012.8.5)

 社頭で撮影した理由は、前にもこのブログでご紹介した名店「福井食堂」へ行っていたからです。7か月ぶりの訪問でしたが、相変わらずオーナーの阿強先生は大変親切で、料理もおいしく、今回同行して頂いた友人Sさんも大感激でした。私たちは夕方の営業開始直前に行ったのですが、Sさんには地元でも評判のおいしい店でこれから夕食で混雑しますよと説明していましたが、座席はいうほど埋まりません。入ってくるお客は多いのに、と思っていると、ほとんどが予約していたテイクアウトの弁当を引き取りに来た客で、自宅で食べているのでした。
(2012.8.4)

 前回は撮影し忘れた料理の写真です。ここの名物は鰻の蒲焼(右上)と、鶏のモモ肉のフライ(鶏腿)で、これが絶品で忘れられない味です。また、白飯も米どころの台湾中南部だけあっておいしく、ついお代わりしてしまいました。鰻は台湾でも高騰しており、阿強先生によると「仕入れ値が上がって大変…」とのことでしたが、それでも値上げせずに提供しているのは、看板メニューの意地でしょうか。
(2012.8.4)

 食後は自然の流れで2・3階の「福井鐵道文物館」を見学させてもらいました。前に来たときよりもパワーアップしており、初訪問のSさんだけでなく私も唖然とさせられました。前回のエントリーにも書きましたが、阿強先生に改めて聞くと、コレクションはオークションで入手した物が多いそうです。私がお土産のつもりでささやかな鉄道グッズを渡すと、早速展示品に加えられました。
(2012.8.4)

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474:マニラ列車道楽④LRTとMRT

2012/04/29 (Sun) 00:17
 マニラには、PNRとは対照的に近代的な設備を持った高架鉄道が3路線あります。こちらは市内観光にも使え、ガイドブックにも載っているので、日本人観光客でも乗ったことのある人は多いと思います。
 3本の路線は経営主体が異なり、1・2号線はLRT、3号線はMRTと言われています。実際には1・3号線が路面電車タイプ、2号線は地下鉄のような電車が走っていますが、基本的に全線高架になっています。

 今回の訪問で、私の泊まったホテルは1号線のGil Puyat駅のすぐ横にありました。おかげで、部屋からは行き来する電車を眺められるのですが、線路に近いということはうるさくもあるわけで、朝5時前から5分おきくらいに電車の音が響いてくるのには参りました。
Libertad(2012.4.14)

 1号線はマニラの旧市街を走り、めぼしい観光地はこの沿線に多いのですが、南側の終点Baclarankaraから、後1~2駅ほど延長すればニノイ・アキノ国際空港の前まで到達するものの、なぜか延長される気配がありません。他の区間よりもこちらを優先すべきなのではとも思いますが、路線網に関する謎は、その後もあちこちで見受けられるようになります。
Gil Puyat~Vit Cruz(2012.4.14)

 1号線はベルギーの協力で建設されたそうで、1984年の開業時に導入されたこの電車もベルギー製です。3連を3本連結して9連で運転されています。
 ガイドブックでは「LRTの駅では撮影禁止」と書いてあるのですが、各路線に乗った際に、試しに駅ホームでカメラを出してみたところ、1号線に限っては何も言われませんでした。ここも駅に入る際には手荷物検査があり、ホームには警備員がいます。このため、駅構内や車内の治安は比較的いいとされていますが、万全というわけではないので、車内では手荷物の扱いに要注意です。
U.N.Avenue~Central Terminal(2012.4.15)

 2000年頃から、近畿車輛製(他に日本車輛製もあるそうです)の新車(左)が増備され、在来の車両も更新と冷房化が行われました。つまりそれまでは非冷房だったのです。これには驚かされました。新車(といっても10年以上経っていますが)は3連を4本連結して走っています。 
Central Terminal(2012.4.14)

 新車の車内です。これは朝6時頃に撮影したもので、日中は大混雑するので撮影どころではなくなります。ワンマン運転なので、車内放送は運転士の肉声で駅名を1~2回言うだけですが、各駅のホームには駅名を大きく表示してあるので、外を見ていれば乗り過ごすことはない…はずです。
(2012.4.15)

 車内には日本のODAで導入されたことを示す表示がありました。これと同じものを、ジャカルタの都営地下鉄6000系でも見たことがありますが、日本の技術が役に立っているなら、日本人として嬉しいことです。
(2012.4.15)

 こちらはMRT3号線の電車です。経営主体が違うとはいえ、似たような電車が走っています。ただ、マニラの中でも指折りの高級住宅街やオフィス街であるMakati地区を通ることもあり、客層が少し違うような気がしました。この画像を撮影したMagellanes駅は、PNRのEDSA駅から近いところにあるのですが、接続は全く考慮されておらず、歩くと10分近くかかります。連絡通路さえあれば、この半分くらいで来られるのですが、MRTはPNRよりも、駅横にあるショッピングセンターと直結させる方を優先させたようです。
Magallanes~Taft Avenue(2012.4.15)

 LRT・MRTとも施設は非常に近代的で、渋滞の心配もないので利用者が非常に多く、これなら路面電車タイプではなく、本格的な高速電車にしてもよかったのではないかと思います。
Ayala center(2012.4.15)

 Makati地区の中心部に近いAyala駅で降りてみました。周囲はショッピングモールや高級ホテルが建ち並び、1号線やPNRの沿線と同じ街とはとても思えないほどでした。そういう場所なので当然外国人も多く、冷たいものでも飲もうと駅前の高級ホテル"Intercontinental hotel"に入ると、周囲は白人だらけでした。
Ayala center(2012.4.15)

 Cubao駅で3号線を降りたところ、ラッピング電車がやってきました。マニラでもこういう増収策をとっているようです。後方に、3号線の高架をまたいでいく更に高い高架線が少し見えていますが、これがLRT2号線で、そのAraneta Center-Cubao駅へは、一旦地上に降りて暑い中を5分ほど歩かされます。これも開通時期が違うとはいえ、せめて2号線の駅を交差部分に造れなかったのかと思います。
Kamuning~Cubao(2012.4.15)

 これが2号線の電車です。どこかで見たことがあるデザインだと思っていたのですが、韓国ソウル地下鉄にいる「トングリ(丸型)」といわれる電車に正面が瓜二つでした。それだけですぐに察しがつきましたが、この電車は韓国Rotem製です。
 2号線はLRT・MRTでは最新(2003年開業)の路線で、電車が大きい分(4両編成)輸送力はあります。しかし高架線なのに急勾配とカーブが多く、線路横の側壁(ガード)がないので、万が一脱線したらそのまま落下することにもなりかねないように見え、日本との考え方の違いがこういうところにも垣間見えています。
Anonas~Araneta Center-Cubao(2012.4.15)

 2号線にもラッピング電車がいました。
Araneta Center-Cubao(2012.4.15)

 電車が韓国製でも、その他の施設は日本の協力により建設されたもので、車内にもそのことを示す表示がありました。駅の雰囲気は、この2号線が最も日本の駅と雰囲気が近いです。
(2012.4.15)

 もう1本、ラッピングがいました。
Legarda~Recto(2012.4.15)

 2号線の西側の終点Rectoは、1号線Doroteo Jose駅と連絡しており、こちらは通路が設けられていますが、実際の距離は結構離れています。この画像(Recto駅ホームから見たDoroteo Jose駅方向)の左の方に見えているのが通路で、周囲は下町というか、スラムのようなところで、それが駅のすぐ横まで迫っている(駅建設の際にスラムのほうを立ち退かせたと言った方が正しいのでしょう)ので通路を歩いていると、家の中でゴロ寝したり、屋根上で洗濯物を干したりしている住民を間近に見ることになります。
Recto(2012.4.15)

 連絡通路では1号線と、2号線Recto駅の引き上げ線の交差部分が見えました。双方の電車が同時に来ないかと、数本電車を待ってみましたが、この画像が精一杯でした。
Doroteo Jose(2012.4.15)

 4回にわたってマニラについて書いてみましたが、現状は便利とはいえないものの、これから便利にしようという意気込みが伝わってきて、活気があることはよく分かりました。しかしとにかく暑かったです。

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473:マニラ列車道楽③"Metro Commuter "に乗る

2012/04/26 (Thu) 23:57
 マニラに来たからには、撮影だけではなく「乗り鉄」もしようということで、Tutuban~Alabang間で運転されている"Metro Commuter"(以下"Commuter")に乗ってみることにしました。
 "Commuter"はTutuban~Alabang間を約1時間で走り、運賃は全線20ペソ(約40円)と破格の安さです。
 車内の路線図には、Tutuban~Caloocan間でも運行されているように書かれていますが、この区間は1991年のピナトゥボ火山噴火で壊滅的被害を受け、実質廃線になっている北方線の一部にあたり、線路が撤去されているので列車の運行はしたくてもできなくなっています。このためにCaloocanの鉄道工場への車両の出し入れができなくなり、トレーラーで運ぶというおまけも付きましたが、現在、運転再開に向けて整備されているそうです。
Tutuban(2012.4.15)

 "Commuter"に使用されているのは韓国Rotem社製のディーゼルカーで、3両固定編成が6本います。日本人としては日本製を導入してほしかったところですが、前日に壮絶極まりない12系客車を見た後では、冷房が利いて明るく清潔な車内は天国のようです。バスやジプニーと違って渋滞の心配がない鉄道の利用者は、車両取替と大幅な増発(朝夕30分、日中1時間ヘッドで、土日は終日1時間ヘッド)の効果もあり、どの列車も非常に混んでいます。
 この画像はTutuban駅で発車前に撮影したもので、途中駅からも相当な乗車がありました。
(2012.4.15)

 Alabang駅に到着した列車です。"Commuter"は終点ですが、路線としてはPNR南方線(Tutubang~Legazpi間)の中間駅の一つなので、ホーム1本だけの簡素な駅です。印象としては、水島臨海鉄道の三菱自工前駅のような感じです。
 途中の写真がないのは車内が大混雑でカメラを取り出せなかったのと、車窓風景は金網越しになるのでほとんど見られなかったこと、そして朝から動き回っていて強烈な眠気に襲われたためで、ついうつらうつらして「ここではまずいだろう」と慌てて姿勢を正す始末でした。
Alabang(2012.4.15)

 Akabangでは折り返しの停車時間が5分ほどしかなく、皆座りたいので、車内の人々が降りきれないうちに乗り込んでいきます。それが混雑に更に拍車をかけているのですが、まじめに整列乗車などしようものなら、多分列車にはいつまでも乗れなくなるであろうことはジャカルタとも一緒です。
Alabang(2012.4.15)

 Alanbang駅の出入口です。ちょうど列車が到着したところで、大勢降りてきますが、乗るためにもこの階段を上らないといけないので結構大変です。"Commuter"の運転区間は高床ホームが整備されており、無人駅に見える駅でも係員と警備員が必ずいて、きっぷの発売と手荷物検査を必ず行っています。この駅では右に見える小屋が出札口で、ホーム上に改札兼手荷物検査の警備員がいます。
Alabang(2012.4.15)

 列車が発車していった後のAlabang駅です。各駅とも、ホームが日本よりも相当高く、線路からホームによじ登るのは(そんなことはしませんが)大変そうです。どうも、無賃乗車予防のためにわざと高くしているような気がします。
Alabang(2012.4.15)

 ホームから南方を眺めると、先に続く線路がすごいことになっていました。日本の感覚ではこの先、廃線になったとしか思えませんが、これでも現役の本線、しかも幹線です。12系も14系もキハ52系も、ここを通っていくとはすぐには信じられませんでした。
 この周辺では以前は、列車の合間に線路を利用して客を乗せるトロッコ(もちろんPNRの許可を得たものではない)が多くいたそうで、私たちも「トロッコがいたら乗ってみよう」と話していたのですが、周囲を見渡してもそれらしきものが見えませんでした。"Commuter"の増発でトロッコが危険になったこと、線路沿いのスラムを立ち退かせたことから、トロッコの業者と乗客の両方が激減したのが原因だそうです。
Alabang(2012.4.15)

 Alabangを出発していくDC。木立の奥に駅があるのが見えますが、ここが本来のAlabang駅だったところで、2010年4月にショッピングモールの横にあたる現在地へ移転したものです。200mほど移っただけですが、Alabangの街自体は旧駅周辺に広がっているので、ショッピングモールに行かない人には不便になったのではと思います。
 ただ、新駅はホームが高いため、対応できていない"Bicol Express"や12系、キハ52系は今でも旧駅に停車しているそうで、現状ではAlabangは2か所に駅があることになります。
Alabang(2012.4.15)

 "Commuter"の増発に合わせて施設や軌道の改良も行われており、ほとんどの駅ではホームの高床化が完了していますが、一部で完了していない駅では、このようにステップを置いて対応しています。
EDSA(2012.4.15)

 また、ネットや書籍によく出てくる土に埋もれたり、雨が降ると水没するような線路は、Tutuban~Alabang間では全て改良され、姿を消しました。マニラ付近はせっかく複線になっているものの、車両が少ないため増発ができず、活かせていないのですが、203系が竣工してくるとまた大幅な増発があるのではと思います。
Pasay road~Edsa間(2012.4.15)

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